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春原書留所

普通の会社員が書く漫画アニメの感想・解説ブログ。基本完全ネタばれです。安月給なのに漫画買いすぎて毎月金欠。

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について①

漫画

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくな 2 (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

特に2巻の「8304」と「7759」と冠された短編について、感想と内容・タイトルの意味について解釈を。ざっくり「8304」についてと「7759」についてで記事分けます。7759はこちら。

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阿部共実の最新作。私は「空が灰色だから」「ちーちゃんはちょっと足りない」が大好き。この人の描く青春時代の青い失敗、気まずさ、不気味さ、不遇、狂気、絶望は極上。ただ、この「死にたくなる~」の1巻は、そういったダウナーな要素は小さめだった。Amazonレビューにも少し書いたのだけれど、「死にたくなる」なんて最大に鬱々とした言葉が冠されている割には、「空が~~」等の既存作品にくらべてそのインパクトが小さくなった。それはそれでもとても面白かったのだけれど、やっぱり心えぐる内容を私は期待してしまう。

で、最新の2巻。すごい。心を金属バットでフルスイングされたような短編が二つ。単に鬱々として苦しいだけでなく、色鮮やかさと輝きが加わって、綺麗。正直、もう既存作品を超える衝撃は無いのかなぁと思っていたのですが、また新たな方向からガツンとやられた感じ。「空が~」の後の「ちーちゃん~」ときて、この「8304」と「7759」。この作者はどこまで行くのだろう。

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 「8304」と「7759」のタイトルについて

作品を読んでその内容に打ちのめされるのと同時に、このタイトルの意味と、何でこの2作品が連作のようにされているのか気になってしまう。あまり意味を無理くり解釈するのもナンセンス…と思いつつも色々考える。

理由は後述するが、私は「8304」「7759」の数字は、それぞれの語り手が、その過去を振り返った時点までの「生きた日数」を表しているのではないかと思う。具体的に言うと、「8304」なら8304÷365日で22歳とちょっとのけんちゃんが、「7759」なら7759÷365日で21歳とちょっとの千夏が、それまで生きてきた中での鮮やかな心象風景や、彼らを成す要素たちを振り返っているのではないかな。

(もし答えが明らかになってたら誰か教えてください…はずかしいので…)

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①8304について

持つものと持たざる者…それでもきらめく景色

けんちゃんと松田、二人の中1男子の物語。環境に恵まれない主人公と、恵まれている友人という構図で、「ちーちゃんはちょっとたりない」とちょっと似ている。ただ、「ちーちゃん」では、恵まれない者は徹底的に恵まれない者として描かれていて、そのどうしようもない息苦しさが魅力であったのだが、本作は少しそれとは趣向が異なる。

持たざる者側のけんちゃんには、品性や繊細で豊かな感性が備わっている。持つ者側の松田にも、恵まれていながらうまく振る舞えない苦しさがある。そして、隔たりがありつつも二人がある瞬間は確かに心通わしていたことが描かれている。これらが、作品を切なくて泣きそうなほど綺麗に見せているのだ。

けんちゃんの心象と言葉、ブロックと雨粒

「この灰色の町が青白く染まる」「墨を混ぜたような雨が強くふる」…作中では、その景色やアイテムについて、このような詩的な描写がなされている。これらはみんなけんちゃんの言葉。けんちゃんは、繊細な感性と、豊かな表現力を持ち合わせている。二人のやりとりの間に挟み込まれるこの言葉たちと画面が本当に綺麗。

そして後でわかるのだが、これらの言葉は、正確にはこの「中1のけんちゃん」だけのものではない。未来のけんちゃんが、過去を振り返って、当時に感じた一つ一つの風景を、心の中で再び呼び起こしているのだ。現在過去入り混じる「心象」と、現実の風景とが入り混じった作りになっている。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p73より.:けんちゃんの詳細な風景描写の言葉。「ぼくらは」ではなく「ふたりは」灰色の~~と俯瞰した語り。

そして、現実世界のモノではない、何か四角いブロックの世界の描写。これが流石阿部共実といった感じで、不気味さやドラマの劇的さを煽ってくる。人物がしゃべる言葉の吹き出しは、普通、人物に添えられている。が、物語が進みけんちゃんの想いの言葉があふれるにつれ、あたかもこのブロックや、まわりの風景や雨粒達がしゃべっているかのような演出がされる。うまく説明はできないのだけれど、このブロックや、風景、雨粒の一つ一つが、けんちゃんの心象や気持ち一つ一つのよすがのようなのだ。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p83より.:電線が、雨粒が、四角い箱が、けんちゃんの心象や気持ちを述べる。独特の世界。

そしてこれらの心象は、すべて松田への想いに繋がる。何も持たない、親にも恵まれず、他に友達もいない中一のけんちゃんにとっては、松田が唯一無二の存在であった。綺麗な思いも、強い劣等感も、全て松田と自分だけの世界を映しだす。未熟な少年らしい狭い世界と切実な青い想いだと思う。

激しい気持ちをぶつけたけんちゃん。松田は、彼を拒絶しない…松田は松田で抱いていた自らの劣等感を吐露する。しかし、彼は、けんちゃんが大好きな本を好きになることができない。そして、二人は手を放す。

「本を返す約束をしよう」「夏にも冬にも遊びに行こう」という呼びかけに返事はなく、全ての答えは雨は上がりの光に押し流されてしまったように、滴を散らしながら二人は笑顔でかけていく。積もった気持ちがキラキラと昇華したよう。明確な救済はない。けれど、本当に美しい。 

最後の言葉は悲しい

ラストの「この本を読むたびにこれだ」「今となればどうでもいいささいな思い出だ」というセリフで、これらの景色を過去として振り返っている存在がいることがわかる。松田かけんちゃんかの二択だけど、まぁけんちゃんと考えるのが自然だろう。情景を宝石のように描写できるのは、松田ではなくけんちゃんのほうなのだ。

そして、この語りの主がけんちゃんだとすると、けんちゃんは未だ松田の本を持っていることになる。二人はこの日を最後に会うことはなかったのかもしれない。

けんちゃんはこれらの思い出を「つまらない」「些細」と言い捨ててしまっている。劣等感を抱いていた過去を気にしなくなるほど強くなったのかもしれない。恵まれない環境を受け入れ、慣れきってスレてしまったのかもしれない。何にせよ、この思い出を切り捨てるセリフを吐いてしまうのは、現実的かもしれないけれど、悲しい。

しかし一方で、彼は本を読むたびにこの時のことを思い出すという。些細といいつつ、忘れることができない。鮮烈に思い出す。苦いのに綺麗な、青春の物語。

蛇足:●5/06/18 13:45

はたしてこの「過去」が何年前のことなのか、いつからの振り返りなのかは判然としない。まぁ、それはあまり重要な部分ではないが…気になったのでちょっと。蛇足。

手掛かりとなるのが松田の携帯。彼の受信したメールの日付は「●5/06/18 13:45」とある。●は、水滴がかかって読み取れない。で、彼の使っているケータイってガラゲーなんですよね。2015年現在の私立中学生に、裕福でハイソな家庭の親が今どきガラゲーを買い与えるかなぁ。松田の友達もわざわざ「メール」をしてきているし。この作者、現代の学生には普通にスマホ持たせてるし、LINEやSMSも使わせているんですよね。けんちゃんも、ケータイを「ご大層な」と形容している。なのでこれは、2015や2025ではなく、2005の話なんでないか。

そしてタイトルの8304。…後述の「7759」がヒロインの21歳の人生を意味すると思ったので、こちらも年齢に直してみたところ22歳。もし、この当時が05年だとすると、彼らはこの時点で中1ということで彼らは満12歳ちょい。そして2015年を現在とすると、彼らは22歳ちょいになっていて8304日という日数と齟齬は無い。22歳の現在のけんちゃんが、10年前を振り返っているんじゃないかな。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p78より.:携帯の画面。懐かしのガラケー。一村高くんからのメール。内容は「エロ本貸して」笑

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長いのでいったん分けます。次は7759について。こちら↓

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について②

 

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