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死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について②

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくな 2 (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

阿部共実「7759」について。前半(主に8304について)はこちら↓

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について①

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②7759について

死と美しさに惹かれる男女、そしてちょっとミステリー

こちらは「死」という要素に、そこに至るまでの幸せや美しい景色が重ねられて、8304とは別の儚さと暗さがある。本当に作品ごとのカラーの豊かさに感動する。

橘くんの20歳の誕生日。千夏先輩は、彼をバイトに送り出したのち、バタリと倒れて死んでしまう。帰宅し、それを見つけた橘くん。彼女を腕に抱きながら、今まで言えなかった思いを告げ、そして彼も倒れ死んでしまう…。主人公の橘くんと千夏の二人が死んだことは明らかなんだけど、その死因については不明瞭で、いくつもの解釈ができる。例えば以下。

・橘くんがゼリーに毒を盛って千夏を殺す。そして自身も後追い自殺

・千夏が薬で服毒自殺、誕生日ケーキにも毒を盛って橘くんを巻き込んで心中。

・お互いに、橘くんはゼリーで千夏を、千夏はケーキで橘くんを殺害。

・ヒーター等による中毒死…千夏は事故死、橘くんは後追い。…etc

で、私はこれは「ヒーター等による中毒死」だと思う。

千夏の愛でる美しさ

橘くんの独白が多いので、橘くん視点のお話っぽいのだけれど、この作品の中で彩り豊かな「美しいもの」を語っている主人公格は千夏だ。

彼女が倒れてから度々挟み込まれる「私は考える」という言葉。一人称から、これは千夏のセリフであることが分かる(フォントも変えられている)。で、この千夏が「考える」内容は、徐々に現在から過去の出来事に遡っていって、最後は彼女の赤ん坊時代にまで至る。

千夏は、自身で語るように、美しいものと出会うことを生きる喜びとし、自分の好きなことだけをしたいと思っていた。そんな彼女は、橘くんの買ってきてくれたゼリーを「眠る色をしたききょう色したグレープゼリー」と美しく形容し、それを口にしながら言う。「今がいちばん楽しいよ」。地味な今の生活が…橘くんとの二人くらしが一番だというのだ。

千夏を成す断片は、この橘くんとの暮らした部屋に満ち満ちていた。「私は考える」というセリフの吹き出しは、千夏自身からではなく、この小さな部屋の天上や、照明や、テレビや、床や、窓から出ている。幼少時代、彼女が美しいと思った「雨の音 小学生の吹くハーモニカ…」等のキラキラしたものと同等に、橘くんとの地味な生活の一つ一つを愛で、彼女の生きる糧としているよう。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第20話「7759」p122より.:そこかしこに散らばる「私は考える」と、そこから始まる橘君との思い出。千夏を作る大切な要素たち。

橘くんの夢

そして、この千夏の描写と重ねて描かれる橘くんの独白。彼は、死んでしまった千夏を抱え見つめながら言う。「僕は人形のような人が好きだったんですよ 今目の前にあるものが僕の夢です」…ちょっとヤバい感じ。

彼は、自身の夢について他にもこう語っている。「自分の部屋でネットで夢を見てました 先輩の同棲相手はしがないただの異常者です」「みんな好きなことを夢見ることが許されるのに 僕は一生夢見ることも口にすることも許されない」「みんなと肩を並べて夢を話せば 悪魔の化身のように嫌われる」

夢=人形のような人=死体ということで、彼はおそらく死体、もしくは死体のような人形が好きだったのだと思う。生きている人間に興味が持てず、人に言えないような嗜好がある自分を、人間ではない欠陥品だと思っている。

しかし、そんな彼の目の前に先輩が現れた。彼女は言う「美しいものは好き 黙っているのに美しいもの ~略~ 人間には美しいと感じられる心がある」…先輩は、この発言により意図せずも橘くんの「(死体or人形を)美しい」と思う心を肯定し、それを持つ彼を人間として肯定した。そして、何かを美しいと思うことで価値観を共にする二人は親密になった。

橘くんの独白は続き、彼はついに自身の夢についてこう言う。「先輩の楽しげな声が好きだった 先輩の悲しそうな顔が好きだった~略~ 僕の見るすべての景色が変わった もう夢なんかどうでもいい」彼は、生きている先輩のことが大好きだった。唯一美しいと思えた死体や人形なんてものがどうでもよくなるくらいに。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第20話「7759」p135より.:千夏の「美しいもの」の回想と重ねて語られる、橘君の好きな先輩についての言葉。もう、美しくて切なくてたまらない。ちなみにケーキに紫の人形を用意するあたり、橘くんは隠してたけれども、千夏は何となく橘君の嗜好の対象が「死体・人形」であることも、どこかの時点でうっすら察してる可能性があるようにも思える。千夏的には紫=眠りだし、血色の悪い人間っぽさもある。対はオレンジ。生と死が同居した表紙の瞳。

死因

千夏は、少なくとも橘くんが驚くのを楽しみに、ケーキや二人で飲むためのワイン&2つのグラスを用意していた。橘くんだって、楽しげな声をあげたり、悲しそうな顔をしたり、すねた背中を見せる「生きた先輩」が好きで、彼女のためになりたいと言っている。多分、二人とも多少厭世的でありこそすれ、自ら死ぬ気も相手を殺す気もなかったと私は解釈する。

もし、何らかの毒が死因であるとした説をとると、二人が口にしたものとして、千夏は薬or橘くんのゼリーが、橘くんは千夏の作ったケーキが原因として考えられる。しかし、これだと少なくとも千夏は橘くんを殺そうとしていたことになるのだが、語りや行動をみても、千夏が橘くんを殺す選択をする理由があるようにはあまり思えない。

それよりは「換気扇も給湯器も窓の建てつけさえも全て調子が悪い」「ネットオークションでガスヒーターはボロをつかまされるし」「寒い 冷たい 頭痛い」…といったように、部屋のヒーターや給湯器等のガス周りの調子が悪く、窓や換気扇による空気の入れ替えもままならないことがあらかじめ丁寧に説明されていたことから、これらによる事故死と考える方が自然な気がする。

 千夏は死ぬつもりはなかった、橘くんは千夏が死んで図らずも「夢」がかなってしまったけど

もし千夏が事故死だとすると、死んだ先輩を前にしてもなお、いつも通り冷静な橘くんの様子が普通の反応ではないように見える。

しかし、死体が目の前にある状況は彼にとっては恐れるべき状況ではないのだ。彼は、死体に対して普通の反応はしない。むしろ好ましく思ってしまう気持ちがある。だから彼は言う「今目の前にあるものが僕の夢です」。彼の心は、これまでどうしようもなく憧れていた人形のような死体の出現に少なからず喜んでいる。

一方で、彼は、生きている先輩が好きになってしまっていた。「何か先輩のためになりたかった その先輩がいないと意味がない」の言葉の通り、千夏が死んでしまったことは受け入れられない。それこそ生きる意味を失うほど。

そして最後は、この状況に対して「めいっぱいはちきれそうなくらい幸せを感じているというのに」というセリフを残して死ぬ。夢が叶った喜びと、自分がやはり異常であることに対する自己嫌悪を抱えながら。そして何より大事だった生きる意味を失ったがために、周りに迷惑をかけることを悔みつつも、先輩とともに美しい死体になることを選んだんじゃないかな。親への謝罪からのくだりは、そういう気持ちの表れだと思う。

「本当にいいんでしょうか こんな僕に大きな幸運が落っこちてきて」というセリフは、図らずも先輩と出会えた喜びと、図らずも先輩の死体を抱けた喜び、そして、図らずも愛しい先輩と共に自身も美しいものになれるチャンスを得たことの喜びを指しているように思うのだ。

人生の意味

橘くんは20歳で、先輩はその1歳上であることが明らかにされている。そして彼女は、作品の中でその人生を走馬燈のように振り返っている。7759とは、彼女の生きた日数、振り返った過去の日々を表した数字じゃないかな。

人生のなかで彼女が美しいと愛でたもの=生きる理由達の振り返り。そして、それら美しいものの多くを彼女に与えた橘くん。「美しいもの」という軸で繋がった二人は、どこか浮世離れして、不思議で、少し狂気じみていていた。そして、二人の繋がりは、死んでも尚途切れないほど強くて美しかった。

(ちなみに、7759日は歳にすると21歳と3ヶ月くらい。作中の「秋の終わり」と「金木犀」という言葉を頼りに、橘くんの誕生日を10月中旬くらいとすると、先輩の誕生日はおおよそその3ヶ月前で7月中旬。「千夏」の名のとおり夏生まれとなるかな。)

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蛇足:

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」扉、第20話「7759」より.:

 8304と、7759、タイトルの書き方もちょっと変えてきているんですよね。「手に取ったペンが違った」くらいかなとも思ったのですが、筆跡も少し変えてきているような感じも…。8304はけんちゃん、7759は先輩の字なんじゃないかなぁと勘ぐる。

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8304と7759の双方とも、その主人公たちの言葉選びも相まって、今までの作品になかったようなキラキラした美しさがある。そして、それがうまくいかない苦しさや、狂気や、青春の儚さのようなものを、強力に浮かび上がらせている。色々と解釈もしたけれど、そんな深読みなんて野暮に感じられるくらい、一読しただけで強烈な印象を残す作品たち。特に、8304のラストは本当に綺麗。2015年ベスト短編かも。次回作も楽しみ。

 

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