漫画のメモ帳

早口で漫画について話すブログ

2020年思わずとウーっと唸った漫画のセリフ6つ

ここ1,2年くらいで発表された新しめの漫画のなかで、2020年、読んでいて一気にわっと感情が高まったセリフを6つ選んでみました。そのセリフやモノローグ単体による「瞬間最大風速」の大きさ重視の選び方です(もちろん挙げたものはすべて作品全体としても大好きなものですが)。

唸ってしまうような言い回しであったり、その鮮烈さに思わず目を閉じてしまうような演出であったり。漫画を閉じても何度も心の中で反芻してしまうような、そんな大好きなシーンたちです。こういう瞬間に出会えるから漫画を読むのはやめられません。 
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「女の子がいけるクチかどうかはわからないんですが あなたはすごくステキなひとだと思います」
志村貴子.おとなになっても.第1巻第1話.P23より
おとなになっても(1) 【電子版限定特典かきおろしマンガ付き】 (Kissコミックス)
本作は志村貴子氏が描く大人の女性同士の恋愛物語。これはこの表紙の右側の女性(綾乃)のセリフなんですが、第一話のこのセリフに完全にやられてしまいました。
同性愛者である事を自覚し積極的にアプローチをかけるのは左側の黒髪の女性(朱里)なのですが、それに対する彼女の受け答えや行動がもう「プロの大人」って感じ。真面目そうな身なりに、上品で丁寧でな自然な言葉と行動。綾乃の魅力を説明するわざとらしい描写なんて一切ありません。なのにいつの間にか「えっ、そんな、あれっ」という感じであれよあれよと彼女のペースでコトが進んでいきます。
フラットで飾り気ないのに色気が満ちている感じ。志村さんの作風全体にもそんな印象を持っているのですが、それが凝縮されたようなセリフだなーと思います。
 
「もし神様を倒せたら いっしょに卒業しようね」
― 戸塚慶文.アンデッドアンラック.第4巻第1話.P23より

アンデッドアンラック 4 (ジャンプコミックスDIGITAL)

ジャンプの作品。絵柄や能力バトル設定などはまさに少年誌といった感じなのですが、人間関係やドラマの描き方はその外見以上にウェットな印象の作品です。
このセリフは、夜の学校で戦いを決意した少年から何も事情を知らない友人に向けられたもの。「神様を殺す」「夜の学校」「友達」「こちらとあちら」「約束」「別れ」といったグッとくる要素で構成される最高の演出。切なさと、少年の決意と、未来への少しの希望を感じさせる、少年マンガらしい魅力がたくさん詰まった場面です。

「初めまして!よろしくね!」
― ゆうち巳くみ.友達として大好き.第1巻第7話「初めまして」.P220より

友達として大好き(1) (アフタヌーンコミックス)

天然ビッチで少し浮いている女子高生と、生真面目で人気者の生徒会長。二人の出会いにより、二人の世界がどんどん広がっていく物語。単純な二人だけの恋物語では全くありません。どこかで見たような設定なのに、今まで見たことのないような純真で真摯な人間関係の始まりたちが描かれていて、もう読んでて常に心が揺さぶられます。
このセリフも全くひねりもない挨拶なのですが…ビジネスメールの文末に取りあえず付けられるような擦り切れた「よろしく」とは全く異なる、この上なくキラキラした「よろしくね」なんです。
私はあなたと仲良くしたいです、そして、あなたもそう思ってくれると嬉しい。そんな人と人との関わりの中で、最も素直で真摯な願いが込められた最高の一言が、眩しいイラストとともに表現されています。ちょっと祈りのようでもあるなと思ってしまうくらい、まばゆいシーンなのです。
この場面はちょうど1巻のラストの話にあるのですが、それが「初めまして」というタイトルなのも構成が見事すぎてしびれます。たとえここで物語が終わったとしても、最高のお話になる完璧な1巻です。そして、幸いにもここで物語は終わらず、毎月最高を届け続けてくれています。絶対もっと話題になって欲しい漫画です。
 
「…俺ェ、ガキなんていらねえんだけどな…」
乃木坂太郎.夏目アラタの結婚.第2巻第15話「可能性」.P8より

夏目アラタの結婚(1) (ビッグコミックス)

児童相談所職員の夏目アラタが、ある子供の依頼をきっかけに、連続殺人で死刑囚となった品川真珠の真実を探る物語。
アラタは読者サイドの立場で真珠という深い闇に立ち向かう構図なのですが、ここの彼のセリフや光の失せた目の描写には思わず「えっ」となりました。狂気と謎に満ちた真珠に対峙する存在として、読者よりの立ち位置だったはずだった主人公の突然の豹変。真珠もこれには驚き、また大いに喜びます。別に子供はいらないというのは普通の意見ですが、それを吐く彼の様子が尋常ではないのです。こういうガラッと構図が変わる瞬間、良いですね。
サイコ・天才キャラがその漫画のメインにいるとき、その他の人物は引き立て役として翻弄される凡人として描かれることが多いのですが、この漫画はそんな短絡的な作りにはなっていません。例えば裁判のシーンでは、多くの聴衆は真珠に騙されるのですが、百戦錬磨の裁判官は表面上は聴衆と同じ態度を見せつつ、しっかり彼女の本性に気づいていたりします。キャラ一人一人に、過去と妥当な知性と意思が備わっているのです。
そうした深みのあるキャラ達が織りなす会話や駆け引きのドラマはスリルとエンタメに満ちていて、読んでると脳がじゅわーっとなるくらい面白いです。
 
「自分が思ったよりだいぶ早く 望んだ以上に完璧な ”ひとりぼっち”をわたしはこの日手に入れた」
渡辺ペコ.1122.第7巻第41話.P152より

1122(7) (モーニングコミックス)

セックスレスをきっかけに、夫の不倫を公認とした夫婦の物語。
本心からの軽率な言動が関係を崩し、いつの間にか本心を出せなくなり関係を拗らせた二人。「まぁそんなこともあるかもね」という感じの何気ない選択肢の積み重ねによって、「あれこんなはずでは」というところへコロコロ落ち続けた物語ですが、このシーンを雑誌で見た瞬間はそのヘビーさに思わず天を仰いでしまいました。
べつに一人になっても問題ないと思うこともあるけれど、そう思うことができるのは、結局、その一人というのが何かしらの「基盤」や「ホーム」のようなものの上に成り立っているものだからということを、容赦なく突きつけられた気がしました。何が自分に必要なのか?それを得るため・与えるために、自分は何をするべきだったのか?そうした問いはこれまでの物語からも感じられたはずなのに、ここにきてようやく身につまされる。ガツンと頭を殴られる。そんな瞬間でした。
夫が心の中で不倫を正当化する場面なんかケタケタ笑っていたのですが、それももはや懐かしいと思わされるくらい、この上なくシリアスで重みのあるシーンでした。
 
「君を助けたい君を守りたい何もかもから でもわたし痛かった… 痛かったの…」
椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第7巻第34話四ツ首様⑩.P91~93より

青野くんに触りたいから死にたい(7) (アフタヌーンコミックス)

付き合って1週間で死んで幽霊になってしまった青野君と、その彼女・優里ちゃんの物語。切ない話と思わせつつ、その不器用で不憫な様子で笑わせてきたかと思えば、かなり不気味なホラーシーンや民話を突っ込んできたり。そのようにくるくると表情を変えてきた物語ですが、話が進むにつれ根幹にあるのが彼らの「痛み」であることが明らかになってきます。

花で飾られた、あり得るはずのなかった幸せな世界から逃げ出した優里。走り、立ち止まり、また走る優里の様子が5ページにわたって描かれるシーン。この一連のセリフはもっと長いのですが、私は優里がようやく自分の痛さを認めたここの部分がもう切なくて仕方がありません。

自分も痛みをかかえているくせに、さらに痛めつけられながらも青野君を救おうとしていた優里。彼女はこれから自分を傷つけるものと対峙することができるはずで、それは歓迎されるべきことのはずなのですが、それは痛みで繋がっていた青野君との別れも意味することになりそうです。それまでの甘い甘い生活の様子がかなりリアルなだけに、それと現実との差が激しすぎて悲しい。現実の苦痛を認めた彼女にも、どうしても彼女を傷つけてしまう青野君にも、どうか救いがあるようにと願わずにはいられません。

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以上昨年の振り返りでした。他にもいろいろあるのですが全部は書き切れなさそうです。
今年もたくさんの素敵なシーンに出会えるといいなと思います。
 
 
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夜、海へ還るバス(単巻【完結】)/ 森下裕美 私を静かな夜へと導くあなたの心と体

夜、海へ還るバス (アクションコミックス)

主人公の夏子は27歳の女性。結婚を控えており幸せの真っただ中のようであるが、彼女には「男性とセックスする夢を見たことがない」という悩みがあった。とても些細なことのようだけれど、なぜか「自分は実はレズビアンなのでないか」という疑いが頭を離れない。このままでは結婚できないと考えた彼女は、自分がレズビアンか否かを確かめるため、婚約者の了解のもと女の「浮気相手」を探し始める。そんなある日、彼女は偶然同じマンションに住む人妻の美波と出逢う。そして、彼女との関係をきっかけに、自身が無意識に葬り去っていた過去の記憶を徐々に取り戻していく…

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昼と夜

この物語でいえば、「結婚」や「充実した仕事」「優しい婚約者」といったものは夏子にとっての「昼」であるように思う。人や、世間との関わり。表向きの装いをして、自身も社会の一部となる、陽のあたる時間。人生においてこのポーションを充実させることはとても大事で、多くの人もそれを目標に日々頑張っている。

では「夜」とはどういう時間だろう。夜眠るとき、たとえ隣に誰かがいたとしても、目を閉じてしまえば向き合うのは自身の意識だけだ。基本的に一人の時間。他者や社会から離れ、装いを解き、表には出さない自分自身となる時。

「美波」は夏子にとっての「夜」の入り口、もしくは「夜」そのものだったのだと思う。美波は、昼の時間でも一人ぼっちの女だ。奔放で、人目を気にせず自由に振舞う。働いてもおらず、社会や他者との関わりから離れてに生きている。目覚めているのにまるで目を閉じ眠っているかのような、孤独な女。夏子は、そんな女と深い関係になることで「夜」の領域に踏み込んでいく。

「昼」に存在する他者との関係性の糸は、確かに窮屈に感じることもあるが、命綱のようにして自身を繋ぎとめることもある。しかし、夏子に必要だったのは、そうした外向きの「昼」ではなく、虚飾を取り払い自分を見つめることのできる「夜」だった。彼女は自分であるために、夜に潜って、自分と向き合い思考する。そして、それが彼女の中に埋もれていた物語を呼び起こしていく。

静かな薄暗い闇の中で、心の奥深くの何かと対峙する時。そうした「夜」の中で物語はひっそりと閉じる。ラスト5ページの幕引きは、本当に、本当に静かで、深い余韻を残す。

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森下裕美.夜、海へ還るバス.第7回.p143より.:夜、二人を監視する者はいない。妖しい…

肉体

私が特に好きなのは、美波が夏子の婚約者に「夏子を癒したの男のお前とは違う、私の心と体だ」 と言う場面。

婚約者は「昼」の象徴で、夏子を助ける事ができるのは自分だという真っ直ぐな自信を持つ。そして、夏子の同性愛についても、なんの悪気もなく「僕が治す」と考えてしまう。良くも悪くも、一見「正しい」らしい常識や倫理観に沿った行動をする。そういったまっすぐさはとても大事。でも、そうした表向きの「正しさ」では、夏子の心の奥深くに触れるには深さが足りない。

母親の不在、自分が女である事に対する恐怖やトラウマ。何かに不足し傷ついている夏子を、母として、女として、もう一度育み直すように抱いたのは、美波だった。

美波は「正しさ」に夏子を当てはめない。不倫だろうと同性だろうと何も躊躇わない。そうして、夏子が欲していたものを、女の己の肉体という圧倒的な媒体でもって、的確に与えたのだ。世の中では「見た目より中身」のようなプラトニックを尊重する在り方が善とされがち。それは決してすべて間違いではない。でも、そこに、心だけでなく肉体があったからこそ、救われることもあるのだと思う。

緩く巻かれた髪、柔らかそうな皮膚、猫のような瞳。奔放な振る舞い、夏子への独占欲、婚約者への敵意。海のような底知れない女の魅力が全開になったシーン。読んでいて「うわ…」と圧倒されてしまう。

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森下裕美.夜、海へ還るバス.第9回.p192より.:婚約者と対峙し、圧倒的な存在感を放つ美波。胸に当てた指としわが女の己を強調している。この女を前にすると、一見、人の良い素晴らしい婚約者もペラッペラな存在のように映る…

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コミカルな演出も多く、キャラの顔立ちも記号的なのだけれど、エピソードの内容は現実的で結構エグい。女、男、母親、家族、恋愛、結婚、不倫、子供、過去、傷、セックス…一巻の中に、色々な要素が詰まっている。

なのに、ラストの幕引きはこの上なく静かで穏やかで、深い水の底にゆっくり沈んでいくよう。読んだ後は、不思議と心が落ち着く。そんな漫画。

 

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青野くんに触りたいから死にたい(1~3巻【以下続刊】) / 椎名うみ 今ダントツで面白い漫画

青野くんに触りたいから死にたい(1) (アフタヌーンコミックス)

青野くんに触りたいから死にたい

なかなか刺激的でキャッチ―なタイトルだけど、内容もそれに全く負けていない。ただの切ない恋愛だけではない。メンヘラ系女子の葛藤だけでもない。滑稽さ、必死さ、悲しさ、そして恐怖がギュッと詰まっていて、読んでて脳がジーンとしてくる面白さ。

偶然、第1話と第2話が掲載されたアフタヌーンを読んだのだけどもう一瞬で虜です。今一番続刊が楽しみな漫画。

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主人公の優里はさえない女の子。人との付き合いが上手くなく学校でも浮いてる。別のクラスの青野くんを好きになるのだが、そのきっかけも、廊下でぶつかって一言二言かわしたことだけ。でもそれが男の子との初めての会話で、頭の中はもう青野くんでいっぱい。見た目のピュアさもあいまって、ちょっとイタい女の子だ。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第1話「初めての彼氏」.p8より.:青野くんのことで頭がいっぱいの優里。黒髪の真面目な印象の女の子。体育ので二人組を組む友達がいなくても気にしないくらい青野くんのことを考えている。思い込んだら止まらない。つよい。

そんな人との距離感がつかめない優里ちゃんなので、いきなり青野くんに告白してしまう。でも結果はまさかのOK。青野くんもなかなか不思議で豪気な人物のよう。そうして、めでたく二人は付き合うようになるのだが…

ある日突然、青野くんは交通事故で死んでしまう。絶望する優里。自分が生きていてもしょうがない。そして手首にカッターをあてて青野君に会いに行こうとしたとき、青野くんが幽霊となって彼女の目の前に現れる。

こうして、優里と幽霊の青野くんとのお付き合いが始まる。

 

幽霊の彼氏とのおつきあい。大真面目だけど滑稽で痛々しい

青野くんはものに触れることができない。青野くんは優里ちゃん以外の人からは姿が見えない。そんな制約の中で、二人は学校や家で共に彼氏彼女の時間を過ごすことになる。

このお付き合いの様子がもうおかしくて痛々しくてなんとも言えない。例えば、青野くんに触れられないと悲しむ優里ちゃんに、青野くんは、枕に自分を重ねて枕ごと自分を抱けばいいと提案する。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第1話「初めての彼氏」.p30より.:読んでるこっちも「え……?」となるわ。枕と自分をかさねる青野くん。なんて絵面。ちょっといい笑顔なのもシュール。こんな笑いが散りばめられている。

本人たちはいたって真面目だけどシュール。この枕を抱いた優里ちゃんは「わたしの匂いだ」といって大泣きするんですよね。好きな人が死んだら悲しいよね、初めてのハグが自分の匂いしかしなかったらやりきれない。でも傍から見たらとてもまぬけ。

他にも、優里と一緒にピアノを弾くシーンや、何気ない言葉の掛け合いがとっても良い。枕のお話のようにちょいちょい笑わせてくる。優里も人並みに性欲もあるから変な方向に暴走することもある。本人たちはもう必死。でもうまくいかない。

初めての彼氏が大好きで、嬉しくて、一生懸命で、でも幽霊で。恋愛ってたしかに傍から見たら滑稽な部分があるけれど、それにしてもシュール。笑えない状況なのに笑わせてくる。

 

物語の面白さを邪魔するノイズがない

人付き合いがうまくできない登場人物は世間から攻撃されがちだから、優里もどこかで周囲から変な目で見られたり、責められたりする展開があるのかな、と思ってしまう。あとは優里の妄想オチで彼女がひどく傷ついたりとか。でも、そんなことは無かった。

むしろ、ちょっと優しくしてくれる同級生がいたり、青野くんを助けようとする仲間が出来たりする。安直に居心地の悪い展開が挿入されることは無い。優里ちゃんは、きっと現実の人でもそうするように、幽霊の存在についてわざわざ騒ぎ立てたりはしない。周囲とうまく折り合いをつけることはテーマになっていないから、外野のヤジも少ない。

恋をしている優里は必死で、他のものが入り込む余地はない。

そんな優里ちゃんに仲間ができて救われる。さりげなく優しいモブキャラの存在もうれしい。幽霊の青野くんとの会話も面白い。初恋に必死な様子も、うまくできない滑稽さも好き。

面白さを邪魔するものも何もない。そして、そんな優里ちゃんの青野くんへの想いや必死さに、幽霊の謎や不気味さが絡んできて、いよいよ物語は走り出す。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第2巻.第8話「脱衣」.p81より.:優里と、青野くん救済という目的で仲間になった二人。青野くんが左の藤本くんに憑依した際、優里と彼はキスをしてしまう。性欲を隠さない優里とうろたえる藤本くん…災難。

 

不穏な描写のうまいこと…

この漫画は、分類するとすればおそらく「ホラー・スリラー」になる。優里ちゃんが、思いつきで青野くんを自分に憑依させようとしたことをきっかけに、いつものやさしい青野くんの様子がガラリと変わり、まるで別人のようになってしまう。そして憑依を許可したとき、青野くんは優里の体に入り込み、優里はどこか別の世界に迷い込む。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第4話「もう一人の青野くん」.p137より.:青野くんの表情。顔を半分隠している。花と、表情と、逆光と、不気味な余白…良い…。この次のページもびくっとなる。ちなみに青野くんと外で会話するとき、優里は携帯で「赤川くん」と喋っている風にカモフラージュしている。たしかに、実際に幽霊がいても、多分普通には人前で話さないだろう。こういところがしっかりしてるのもいい。

この「様子が違うもう一人の青野くん」の表情。いきなり出てくるものだから、本当にぞくっとしてしまう。「別の世界」の不穏さもなかなか。街の電柱に×が描かれている描写とか、ストッキングをはいた女の足が隠れる優里を探しに来る流れとか。

なんでこんなに不安定な雰囲気をだせるのだろう。健全で、ちょっと拙い感じ残る絵柄のせいかもしれない。怖い。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第2巻.第10話「嘘つき」.p161より.:「別の世界」で、机の下に隠れる優里に気づきそうな女。机の下をのぞきこもうとだらっと髪垂れる髪、ペディキュアの爪、ストッキングの線。顔は見えない。やばいやばい。怖いよー。

この「もう一人の青野くん」はいったい何なのか。優里ちゃんが憑依されたときに見る世界はいったい何なのだろうか。そこに出てくる女は誰。青野くんの過去との関係は。そして、青野くんを「助ける」にはどうすればいいのか。

3巻までで、謎は未だ解明されていない。

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不穏な展開の数々に、次は?次は?と気になってしまう。普通の人々や世界と紙一重で存在する、普通でない世界や人々の描写にギクッとする。

恋愛の楽しさ、悲しさ、必死さと、仲間の暖かさと、ギャグと、謎と、恐怖。色々な面白さがギュッとつまってて本当に面白い。人の内面、言動、行動、そしてそれを取り巻く世界のどれもが魅力的だと思う。

一巻一巻がとても短く感じる。次巻もとっても楽しみ。

 

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マリーマリーマリー(全6巻【完結】) / 勝田文 こんなに軽やかでおしゃれな漫画他にない

 マリーマリーマリー 1 (マーガレットコミックス)

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勝田文は大好きな少女漫画家の一人。強弱のない細線で構成される画面がとてもオシャレ。人物はとても美しい。こんな顔になりたい。かわいい小物や書き文字も素敵で、レトロモダンな雰囲気の素敵な世界を作っている。ストーリーはほんわかとした恋愛モノが多く、登場人物は皆どこか憎めなくて愛らしい。

このマリーマリーマリーは、基本1話完結の形式で、ヒーローヒロイン以外にもたくさんの魅力的なサブキャラが登場。彼らの日常のドラマが描かれている。オシャレな絵柄と画面構成、テンポよくコロコロと転がるストーリー、思わず微笑んでしまうような物語の結び。そんなお話が集まった全6巻30話。

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針灸院に勤めるリタは、ある日、往診のために訪れたライブハウスでギタリストの森田と出逢う。翌日、リタは愛車のクラシック・ミニを運転していたところ、通りがかった森田を車ではねてしまう。警察に連絡しようとあわてふためくリタに、針灸院で診てもらえば大丈夫と言って車に乗り込んでくる森田。そして言う。「もし僕と結婚したら森田リタになる モリタリタ かわいいでしょ。僕と一緒にならない?」

自由奔放で飄々としてて自然体な森田。そして、一般的な常識人と思いきや、なかなか思い切ったところのあるリタ。そしてふたりは、ひらめきに押されるようにして勢いのまま結婚してしまう…そんな急展開の第1話から物語は始まる。

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勝田文.マリーマリマリ.1巻.p194,195.#5より.:森田とリタと、キーアイテムのミニ・クーパー。リタは作中で特に美人扱いはされていないのだけれど、とってもかわいい。まつ毛キレイ…。アップと引きと、除夜の鐘。見開きでとても素敵な夜の演出。

なかなかの急展開だけど、森田の魅力や、画面の演出で、何となくいい流れが来てて勢いに乗るのも悪くないと思えてしまう。こんなに素敵な世界なら、ポンと結婚届に印を押しちゃうのも納得できてしまう。

そんな素敵な森田・リタ夫妻を中心に、これまた素敵な彼ら周辺の人々の日常物語が展開される。一話一話の中で起承転結がしっかりあって、場面がくるくる変わって楽しい。ミニやギター、ブルースといったアイテムもレトロで粋な雰囲気を作ってる。盛り上がりどころの大ゴマや見開きは、オシャレな一枚絵のよう。絵を追っているだけでも楽しい。

ゆるくてあたたかい脱力感

ところどころに散りばめられる、脱力感のあるやりとりやデフォルメされたイラストも本当にいい。このゆるい雰囲気に人々の愛らしさが表れている。「なんでもいいじゃーん」って感じで、色々な人の色々な事情を許容するおおらかさがこの作品には満ちている。どのお話も好きなのだけれど、特に気に入っているのが2巻のお葬式の話。クソジジイの葬式に集まる人々。話のオチも劇的で笑える。笑える葬式。良い。

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勝田文.マリーマリマリ.2巻.p144.#9より.:葬式に集まって個人の悪口を言う人々。容赦ないジジィ呼ばわり。作品には、若者だけでなくて中年・老人のキャラもたくさん登場する。老若男女、色々な姿の人がいて楽しい。

森田、最高のイケメン

のほほんとした世界のなかで、ヒーローの森田は時折ものスゴイ色気を見せる。少女漫画の中でもトップクラスのイケメンだと思う。いくえみ男子ならぬ勝田男子、本当に素晴らしい…。ギタリストという職業柄ふらふらしているかと思えば、何気に仕事の引き合いもあるし、人からは好かれるし、自然体でぶれてない。余裕と安定感がある。飄々とした雰囲気ながら、おさえるとこはおさえてる。顔のバランスも完璧。超かっこいい。

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勝田文.マリーマリマリ.1巻.p23.#1より.:リタを連れてライブハウスを抜け出す森田。この刺すような視線はヤバい…。ギタリストという設定も相まってか、手も素敵なんです。

愛されるべきごきげんな漫画

お話はテンポがよくて、オチはあたたかで、読んでいて本当に気分がいい。日常をごきげんに過ごすことが、この上ない幸せなのだと思えてくる。

不安が無くて、その世界に没頭出来て、画面が楽しくて、温かい気分になる。全編を通してこれほど安定して気分が良い漫画ってかなりスゴイと思う。しかしあまりこの漫画が話題になってないのは何でなんだろう。色々なメディアに取り上げられてもおかしくないのに(このマンガがすごいとかにランクインしててもおかしくないのに。個人的には、ノイタミナ枠とかでアニメ化したら、それはそれはポップでカラフルでテンポ良くて楽しそうだなぁなんて思ってる。)。もっとみんな読んだ方がいい作品。

 

この著者のほかの作品も大好き。「かたわれの街」なんか特に。短編も長編も、どの作品も安心して読める。次回作もとっても楽しみ。

 

 

マリーマリーマリー 1 (マーガレットコミックス)
 

 

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兎が二匹(1~2巻【完結】) / 山うた キャラへの愛着が苦しさを増す 最悪の結末に帰り着く物語

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

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いつもながら、以下ネタバレあります。こちらで1話を含む数話分が読めるようなので、未読の人はぜひ。

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死ぬことができず、生きることに疲れ切っている398歳の「すず」と、彼女を無邪気に愛する青年「サク」の物語。…これだけ書くと、特異なヒロインをヒーローが癒すハートフルな物語のようだが、残念ながらそうではない。幸せや救済といった典型的展開を期待しがちな読み手の心を逆手に取ったかのように、それはもう気持ちの良いぐらい悲しい「結末」から物語が始まる。

1話で衝撃的なエピソードが展開されたのち、2話以降で話は過去に飛ぶ。そこで描かれるのは、すずとサクの出会い、及び、300年以上も昔から繰り返された愛しい人との出会いと別れ。そして8話あたりで再び1話の時間軸に戻り、その先の結末へと話は進む。

こういった、最初に人物の行く末が提示される構成ってとても好きなんです。「こんないい人が後々こんなことになるなんて」といったような、結末を知るが故の思い入れでもって話を楽しむことができる。

特にこの「兎が二匹」は、第1話に提示される顛末がショッキングで、尚且つ、登場するキャラに思い入れを持たせるのが上手い。だから、彼らの過去の日々のすべてが、既に提示されている絶望的な未来に行き着くことが本当に悲しい。

 

短編としてもスゴイ第1話

物語の始まりは、サクが泣きながらすずの首を絞めているシーン。サクは、行動とは裏腹に「死なないで」と言い、息絶えたすずを前に「嫌だ」と叫ぶ…エグくてヤンデレ臭漂う冒頭。しかし、すずは死ねない存在であるから、生き返る。そして、クールな彼女に犬のような無邪気な彼氏がじゃれつく、そんな幸せな一日が始まる…。

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山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p6より.:すずとサク。「お願い死なないでっ…」とのセリフとは裏腹に、全力で首を絞めるサク。穏やかじゃない冒頭。

すずは、自分に愛着を寄せるサクを遠ざけたい。だから、一緒にいたいなら私を殺してと無理な条件を出した。しかし、サクの方も少なからず歪んだ事情を抱えている。彼にははすずしかいないのだ。そしてサクはその条件を受け入れ、毎日彼女を殺す。

そして衝撃的な冒頭から一転して描かれるのが、普通のカップルのような、家族のような穏やかな日常。見え隠れするすずの心の傷。それをやさしく覆うサクの言動。苦しくも、幸せそうな日々。これが、私がこの物語で好きなところ。

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山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p13より.:デート。普通のカップルのよう。上記殺害シーンからわずか6ページでこの呑気さである。幸せと少しの狂気。1話の後、過去編で、さらに二人の日々の様子がたくさん描かれる。そして、物語は悲しみを増す。

この兎と二人では、日々の生活の様子やその中での心情描写が短い中で上手に詰め込まれている。自然と彼らの幸せを願ってしまう。二人の行く末に、最大限の関心を持って物語を読み進められるのだ。劇的なシーンと、静かなシーン。その緩急と、ラストに来る衝撃的な展開に、ガツンとやられる第1話。

 

過去でも繰り返されていた悲しみ

すずとサクの顛末がこの物語の大きな基点ではあるが、すずの過去編の中では「戦争」「原爆投下」がもう一つの「悲しい未来」の基点となる。

サクの以前にも、すずのそばには優しい人がいたことがあった。しかし、時代は戦時中。温かい日常も気持ちも、すべて戦火に巻き込まれてしまうのがわかってしまう。明るい日常が描かれたとしても、すべては悲しい未来にしか行き着かない。

不老不死モノで避けられない「残される」という悲しみ。どうしたって、すずが行き着く先は誰か「死」であり、その「死」には多かれ少なかれ負の感情がまとわりつく。すずは、常に悲しい未来を予想しながら生きている。

悲しい結末を知りながら暖かな日常を過ごす苦しみが、物語の構成そのものによって説得力をもって描かれる。

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 山うた.兎が二匹.第2巻.第6話「廣島の夏2」.p46,47より.:廣島の街。すずだけでなく、関わりのない人々の日常の一コマを切り取る。そして、これらの全てが焼かれることを読み手は知っている。こういった描写が本当にうまい。

 

そして未来

幸せになってほしいような、どうせなら徹底的に後味悪くしてほしいような…そんな気持ちで読み進めていたのだけれど、期待通りのラストでした。甘くない、全くの救いがないわけではない。でもやはり、時を進めて、彼女の苦しみは増す。終わらない。そんな結末。うう苦しい…素晴らしい…

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久々にイイ感じに鬱々とした漫画を読んだ。すずに降りかかっている不幸は天災のようなもので、それはまさに純粋な「悲劇」。

こういう、怖いもの見たさというか、悲しいもの読みたさって何なんだろう…。辛い…でも楽しい…。最高です。次の作品も楽しみ。

 

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新たに読んだ漫画買った漫画【2016年4月】

よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者

 

【完結】

 

 

【単巻】

 

 

【続刊アリ】

 


【雑誌、他】

 

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

 

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よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者

 

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【雑誌、他】

  • 楽園 Le Paradis 第19号
  • モーニング・ツー 2016年5月号 
  • EKiss 2016年4月号
  • EKiss 2016年5月号月刊

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

 

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