今月新たに読んだ漫画【2015年2月】
よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/作者
【完結】
・ニコイチ/1~10/金田一蓮十郎
・子供の庭/1~2/いくえみ綾
・臨死!!江古田ちゃん/8/瀧波ユカリ
【単巻】
・こくごの時間/雁須磨子
・あのこにもらった音楽 /勝田文
・Daddy Long Legs /勝田文
・蝶のみちゆき /高浜寛
・ベイビーブルー /いくえみ綾
・レストー夫人/三島 芳治
【続刊アリ】
・乙嫁語り/7/森 薫
・娘の家出/2/志村貴子
・コンプレックス・エイジ/1~3/佐久間結衣
・GIANT KILLING/34/ツジトモ, 綱本将也
・ゴールデンカムイ/1/野田サトル
・ストレッチ/1~2/アキリ
・水色の部屋/上巻/ゴトウ ユキコ
・ヒナまつり/1~5/大武 政夫
・日常/1~2/あらゐけいいち
・花宵道中/6/宮木あや子, 斉木久美子
・少女終末旅行 /1/つくみず
・コトノバドライブ/1/芦奈野 ひとし
・中学性日記/3/シモダアサミ
【続刊アリ…でもひとまずココまで】
・目玉焼きの黄身 いつつぶす?/1/おおひなた ごう
・百人遊女/1/坂辺周一
・あさひごはん/1/小池田マヤ
・イノサン/1~3/坂本眞一
・さんかく窓の外側は夜 /1~2/ヤマシタトモコ
・アニウッド大通り/1/記伊孝
・エイス/1/伊図 透
・王妃マルゴ -La Reine Margot- /1 /萩尾望都
・LOVE理論/1/佐藤まさき, 水野敬也
-----
封神演義/藤崎竜(第2部【全23巻完結済】) 哪吒・楊戩きた!仲間をおちょくっているときが一番太公望らしい
この巻の目玉は哪吒・楊戩の登場。今後、哪吒は切り込み隊長として、楊戩は右腕参謀として、その最後まで太公望を支える。行動を共にするのはもう少し後になってからだが、やはり仲間と一緒にいるのはいい。太公望は「リーダー」だから、仲間といるときは一段上の視点から飄々とした感じの振る舞い。いいねこの感じ、太公望っぽい。
羌族は助けられなかった。エグイ…作中で一二を争うエグさ。
「あわや羌族たちの命運やいかに」という前巻の引きだったが、1ページ目でもう処刑が始まってしまう…。初読の時は、太公望が知略でうまく乗り切るのかな…とか思っていたが、そんな期待は1ページで消えてしまった。
藤崎竜.封神演義.2巻.第8回「序章の終わり」より.:蛇の絵の生々しさもあってかなりエグイ。これ、今のジャンプでもOKなのかしら…悪夢そのものの結末。
単騎で妲己に挑もうとした結果がこれ。もちろん、大人しくしていればよかったという話ではないけれど、敵の力量を見誤ったが故の悲惨なオチ。後にも先にも、これ以上の失敗はない。一族を失ったことに誰より傷ついている彼が、一族が蛇に食われるという結末を自ら運んできてしまうなんて。この失敗があるから、彼はさらにやさしく思慮深く必死になるのだけれど、それでもこれはきつい。
しかし立ち直りも早い。
いや、「立ち直って」などいないのかもしれないが…ひとまず、惨事の割にうじうじする描写はあまり多くない。武成王「俺ァ お前を助けたんじゃねぇよ!世の中のために生かしておいたんだ」「まだ生きろ!甘えは許さねぇぜ!」申公豹「次からはこんな無様なことは私が許しませんからね」こうしたややツンデレの入った二人の助けもあり、太公望は覚悟を決め歩みを進める。
羌族処刑から再出立まで1話の中の出来事。この作品のこういうところが好き。「苦悩」の描写をやりすぎない。もちろん、太公望の心中は穏やかではない。でもまず足だけでも進める。話のテンポがいいし、これから国対国の戦いを率いるものとして、止まっていることができない厳しさが分かる。個人の苦しみを詳細に描くのではなくて、それに甘んじていられない、もっと大きな流れがあるのを描いていると思う。太公望に限らず、武成王、姫昌、姫発、聞仲、殷の2太子、紂王…なんて人々も、ままならない流れの中で戦う強い人々の象徴な気がする。
藤崎竜.封神演義.2巻.第8回「序章の終わり」より.:真暗な太公望とスープー。遠くの光。象徴的な一コマ。改めて読むと、人物はあまり大げさに嬉しい悲しい言わない代わりに、風景描写は結構リリカルな印象。
哪吒きた!
そして第1の仲間…!哪吒みたいな火力最大系キャラはわくわくしちゃうね。力はすごいけれど、頭はあまりよくない…ということで太公望に軽くいなされる。太公望に負けたのち、一度仙人界に帰って修行し直し。
しかし今見ると、哪吒は別に頭悪いわけじゃない印象。自分の過失で霊獣の怒りを買った際の「母上……この肉体お返しします」という判断や言葉、父親が自分を嫌っていることに対して「無理もない」、そして「オレは何なのだ」という問い。宝貝人間としての自分や、両親との関係をしっかり認識し、疑問をもっている。十分聡い。そして、こうした疑問があるから、先のVS趙公明における宝貝人間対決「人間の証明」のエピソードがいきてくる。また、太乙もここで登場。親子と師弟、なんだかんだで哪吒は愛されている。どっかで誰かが崑崙の千人は弟子を甘やかすといっていたけれど、いいと思う。情があってなんぼ。
藤崎竜.封神演義.2巻.第12回「哪吒編・まとめ」より.:遠い目で自己を問う彼からはロボットとか無機質とかそんな印象は感じられない。この問いの解を得るのは、かなり後の「人間の証明」にて。
楊戩も来た!
これから先、楊戩は戦略的にも精神的にも太公望の支えになる場面があるから、何となく彼が最初の仲間だって思い込んでいた。2番手だったのか。長髪美形の天才、変化が得意技。哪吒といい華やかだなぁ。しかし見どころはなんといってもノリノリの妲己の女装…
結局彼も太公望を試しているつもりが逆に利用されてしまう。というか、今見るとその場の思いつきで「無力な民を西に逃がすのが太公望を試すための試験」とか結構ひどい。民にとっては死活問題なのに。そのうえ無力呼ばわり。太公望ブチ切れなのもよくわかるww
藤崎竜.封神演義.2巻.第15回「TEST・終了」より.:ごらんのとおり、美形。やや嫌味。これから彼は色々といい意味で変わっていく。哪吒は1話から彼の内面に入り込むエピソードがあったけれど、楊戩の描写はまだまだこれから。
そして妲己の酒池肉林
妲己の残酷描写その3。本当に酒の池を作り、人肉飛び交う林を作る…酒池肉林ってそういうことじゃないよねえ…。そしてとうとう臣下の四大諸侯に手をかける妲己。相変わらず阿呆丸出しの紂王。
力をつけてきた諸侯の力を削ぐため…というのが姫昌の読み。しかし、いまから見るとわかるが、むしろ狙いは逆。「あのヒトにはまだやってもらうことがあるのだから」とは妲己の言葉。西岐に殷を滅ぼさせるためのきっかけ作りだった。つくづく色々と初めから織り込まれている漫画なんだなぁ。
今見ると面白いところ
・「おめーの服ににて作らせた」:針子すげーーー!
・スープー:今見てもやっぱりマキバオー。編集者の嶋氏つながり?
・歴史の道標:妲己が朝歌にいないことに気づいた黒点虎が、申公豹に問う「じゃあ本物(の妲己)はどこにいるの?」申公豹「おそらくあれの所に行っているのでしょうね 妲己の背後でうごめく巨大な流れのところへ……」「今はあれを”歴史の道標”とでも言っておきましょう」ここですでに登場するラスボスの名前。
この会話の後、すぐに太公望と妲己(実は楊戩の変化)のシーンがくるものだから、完全に太公望が道標…的なミスリードを誘う書き方。しかし、だれが道標の正体が宇宙人だなんて思うだろう。
・妲己は狂っている:言わずもがな、封神問題シーンベスト3には入るだろう。かわいいんだけどさぁ…
藤崎竜.封神演義.2巻.第9回「宝貝人間・哪吒登場 」より.:恍惚とした表情、ポーズ、臓器、もう誰も止められない感じ…ボスとしてふさわしい演出…。初読のときからかなりインパクトのあるコマ。
-----
2巻はここまで。妲己の大物感と、太公望の飄々とした感じが出てきていい。そして、西岐対殷の構図も意識されだしてきた、徐々に加速していく感じがやはりうまいなぁ。
-----
雁須磨子/こくごの時間(単巻【完結】) 多感な時期に同じ物語を共有すること
…そうだ 新幹線だ
18で のぞみで 窓の向こうがヒュンヒュンとこえて行くのを見た時に はじめて具体的にそれがわかったような気がしたんだったな
「…不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸はれし十五の心」
……キレイだな キレイな言葉だな
(こくごの時間.1時間目「十五の心」石川啄木より)
メインヒロインの朝子はカフェの経営者。実家に帰って荷物を整理していたときに偶然見つけた国語の教科書に、ふと中学時代を思い出す。他人の噂に熱心な先輩や同級生、思春期独特の自尊心、好きなものを好きと言えない自分。何となく窮屈な日々の中、国語の時間に扱った啄木の詩が描く美しく広い空に心奪われた記憶が鮮やかに蘇る。
----
本作は、教科書に載っているストーリーを題材としたオムニバス形式の作品。朝子が「お店に置いたらウケないかな?」と教科書をカフェに並べてみたことをきかっけに、そこを訪れた人々の「こくごの時間」の記憶を呼び起こす。ストーリー1つについて1話、主人公を変えつつ話が展開される。ちなみに扱われるお話は下記の通り。
「十五の心」「クマの子ウーフ」「走れメロス」「夕焼け」「言葉の力」「小僧の神様」「山月記」「少年の日の思い出」
多くの人が同じ物語を知っている
作中でも、「なつかしい」「男が虎になるやつ」「詩はかぷかぷだろ」なんて会話が繰り広げられるが、こうして多くの人が同じ物語を共有しているのって結構すごいことのような気がする。私も例にもれず、「クマの子ウーフ」なんて聞くとああ~懐かしい…!と思ってしまう。社会人になった今からすると、中学高校時代なんて大昔の話だし、作品の詳細までは思い出せないけれど、不思議とその面白さや読んだ時の色々な気持ちは思い出せる。
今考えれば、短編の物語をあれだけ読み込むこともそうそうない。ただ繰り返し読むだけでなく、クラスの数十人と一緒に、ひと段落ひと段落丁寧に読む。声に出して読む。感想文を書く。時に意見を発表する。それだけガッツリ物語に向かい合うのだから、みんなの共通項になりえる。国語の教科書って、多くの人が興味を持てる題材なのだ。
雁須磨子.こくごの時間.1時間目「十五の心」石川啄木より.:啄木の空と、教科書の記憶。白黒だけれどさわやかな空色が感じられる〆のページ。
余談だが、私が一番記憶に残っているのが「夏の葬列」。あまりの後味の悪さに、普段国語なんて興味なさそうにしていた派手なヤンチャ系男子ですら神妙な顔になっていたのをよく覚えている。
人々に寄り添う物語たち
文学を扱う漫画等でたまにあるのが、その作品に詳しいキャラクターが薀蓄を語ったり、主人公等が驚異の読解力で周囲を関心させたりする描写。もちろんそういう知識や驚きに魅力を感じる作品もあるけれど、この作品ではひとまずそういった展開は無い。登場するのは国語への興味はそこそこの「普通のひと」。教科書の作品がもたらした、自由さ、美しさ、後悔、羞恥、尊敬、苛立ち…等々、単語だけで表すのは難しい細やかな情景や感情を、それぞれの登場人物の日常と交差させて描く。
個人的に笑ったのは「クマの子ウーフ」を扱った作品。「クマの子ウーフ」には「ウーフはウーフだよ」というメッセージがあるけど、そういった素敵な言葉だけを取り上げているわけではない。
ちょいエロ漫画の女性編集者・三好さんが主人公の本編にてキーとなるのは「おしっこ」。ウーフが友だちにだまされ、自分が「おしっこ」でできていると思いこむ下りがあるのだけれど、そこの部分を音読することになった時の羞恥心がカギ。三好さん曰く「子供の女にはかなりのハードルですよ「おしっこ」は」とのこと、ここは読みたくない、音読あたるな…なんて気持ち、すごいわかる。この「羞恥」を軸に話が繰り広げられる。
雁須磨子/国語の時間.2時間目「くまの子ウーフ」作=神沢利子.絵=井上洋介より.:羞恥の描写。「なにも恥ずかしくないのよ」と言わんばかりの先生の顔。んなわけない、恥ずかしさで真っ赤な小学生の三好さん。きっと、今もどこかの小学校で繰り広げられているだろう一コマ。
----
教科書を題材にした7話と、あの蝶のエーミールが出てくる「少年の日の思い出」を漫画化した1話、計8話の盛りだくさんな単行本。教科書のお話がそれぞれ彩ゆたかなように、8話どれもそれぞれ異なった感情を描いて本当に飽きない。Kindleで買ったけど、これは紙でも買って、教科書と並べて読みたいな。
今月買った漫画で今のところ一番好き。教科書の作品はまだまだあるのだから、ぜひこの「こくごの時間」についても続編を期待する。
-----
乙嫁語り/森薫(7巻【以下続刊】) 主人公の容姿さながらのサラッとした章
19世紀後半の中央アジア、カスピ海周辺の地域を舞台に、「乙嫁」をキーワードに、厳しい自然の中に生きる人々の生活と文化、時に人間の愚行を織り交ぜた物語を緻密で丁寧な画で描く。(Wikipedia「乙嫁語り」より)
「中央アジア、カスピ海周辺」が舞台ということで、今までわりとハッキリした顔立ちの登場人物だらけだった乙嫁語り。本巻も舞台はペルシアなのだけれども、表紙の主人公は、中国・日本を思わせるようなさらっとした容姿…さて、舞台がガラッと変わってどんなお話になるのだろうとページをめくった瞬間やられた。カワイイ…!今回のヒロイン、まず見た目がめちゃくちゃカワイイ(今までの嫁達もかわいかったけれど)。
「お嫁さん」がテーマである本作、現代日本のように男女同権といったものとは程遠い世界。もちろん、嫁が一方的に迫害される…なんてことは全くなく、既刊においても生き生きとした強い人々が描かれている。しかしながら、嫁ぎ先次第で人生が大きく変わってしまうのも事実。どうかこのヒロイン・アニスが不幸な展開に巻き込まれませんように…と思わずにはいられない。
ヒロインアニス。黒髪七三分けのビジュアルは、まさに清楚。綺麗な濁りのない水の印象も強い。7巻全体の雰囲気もこの通り。
ヒロイン・アニスは裕福な家のお嫁さん。夫も彼女にベタ惚れで、妻を複数持つのが当然の世においてもアニス一筋。広い屋敷で夫の愛を受けながら、何不自由ない豊かな生活を送っていた。
そんなある日、彼女は使用人から「姉妹妻」の話を聞く。「姉妹妻」とは、結婚して子供のいる女性2人の契、一生の親友となる関係のこと。裕福ながらも友人と呼べるような存在がおらず、どこか寂しい思いを持っていたアニスはこの「姉妹妻」の話に心惹かれ、親友を探しに街に出る。そして向かった先は…風呂屋。浴場がの人々の交流の場であったのだ。
裸婦だらけの白い画面
お風呂屋さんが今回の主な舞台ということで、裸体だらけの画面…。作者自身もあとがきに書いているが、今までは密な書き込みで表現される絢爛な衣装も見どころの一つだったから、白く豊かな女体だらけの絵で不思議な感じ。おっぱい祭り。
そしてこのお風呂さんでアニスはシーリーンという女性を見つける。アニス曰く「猫っぽい」彼女、アニスは細身なのに対して、豊満・妖艶…次第に二人は仲良くなり、姉妹の契りをかわす。
結局、全体を通して大きな波乱は無い。ある日、シーリーンの旦那が急死してしまうにだが、なんとアニスは旦那に頼み込んで、シーリーンを2人目の妻とすることで彼女やその家族を助けようとするのだ。マジかよ。これには旦那も面食らうが、彼もいい人だから困窮する人をを助けることに何の迷いがあろうかと、シーリーンを迎え入れる。そしてアニスとシーリーンはより深い関係となり、どこか孤独だった彼女はここらか幸せそうな笑顔を浮かべるようになる…そんなお話。
アニスは天然悪女?一夫多妻はある意味便利?
旦那は一夫多妻のなかでアニスだけを妻としていたのに、そのアニスのほうから別の女を妻として勧められるなんて、ちょっとかわいそう…ww
彼は「アニスの好きなように、アニスが嫌な気持ちをしないように」と、人格に優れた財力のある「立派な男性」として彼女を大事に大事にしている。一方で、彼女が風呂屋を気に入っているという話を聞いたとき、彼はちょっと微妙そうな顔を見せる…ここは普通の男性の顔。自分だけを見ていたアニスが、別の世界に心奪われそうになっていることに、ちょっとモヤっとしている。わかるわかるよ。
さて、そんな彼がアニスにシーリーンを助けてほしいと言われたとき、当然彼は戸惑う。しかし「立派な男性」として、困っている人を助けられるのにそれをしないなんて選択肢はない。宗教的な価値観もあるのだろうが、特に優しくて誠実な彼は、シーリーンを娶るという決断をする。しかし一方で、普通の男性としての彼は「ええ~」という感じ。表情にも出ている。僕は君だけでいいのに、君は僕がほかの誰かと懇ろになてもいいの…みたいな。
しかしアニスはここで素晴らしい言葉を旦那にかける。夜の寝室、旦那の手を取り、まっすぐに見つめて。
「私、あなたのことを本当に尊敬しているの」
ああ~~~こんなこと言われたら、旦那はもう「僕は君だけが欲しいんだ!」なんて俗な方の自分は出せなくなっちゃう。旦那は愛するアニスにそういわれたことで大変喜ぶ。そしてシーリーンやその家族に、新しい別宅を建設するという心づくしの待遇で迎えてあげる。そしてアニスとシーリーンはずっと一緒にいることができる…
一夫多妻、あなたは私だけのもの他の人にはとられたくない…なんて気持ちを持つ人々からしたら微妙な制度だと思う。一方で、そういう異性への独占欲がきわめて薄い人もいると思う。大事なのは自分の伴侶だけじゃない、友人や隣人も等しく大事。もしくは、伴侶以外にもっと大事な人がいる。そういう人々にとっては、一夫多妻って「私の守りたい多くの人が(少なくとも経済的に)幸せになれる」制度なのかも。アニスは、この一夫多妻を完全にうまく扱って、完璧な自分の幸せを手に入れている。旦那はもちろん離れない、友人も助けられる。うーんやりおるな。
森薫の作品全体から見ても異色の7巻
「お嫁さん」がテーマということで、今までは「家」「一族」や「旦那」が核となる話が多かったのだけれども、今回は珍しく「友達」がストーリーのメイン。おかげで旦那を初めとする男達は割と空気。女同士、頬を染めながら誓いをかわすものだから、かなり百合っぽい雰囲気が漂う異色の章。
森薫.乙嫁語り.7巻.第三十九話「はじめまして」より.:恥じらう二人、ぎこちない出会い…現代の「友達」とはあきらかに異なる雰囲気が漂う関係。このコマののように、作品全体が白くキラキラしたお話。
幸せになったのは本当に良かったけれど、ちょっと物足りない感じもあるかな。やはり旦那がかなり出来過ぎなのかも…広大な屋敷の描写もあいまって、既刊で描かれていた「生活」の現実味がなく、キラキラした世界。森薫の作るお話としては結構珍しい。特に本作のメインヒロインのアルミのお話と比較すると、だいぶライトな内容だった。
7巻単体でみると軽い印象だけれども、「お嫁さん」の連作として乙嫁語り全体を通してみると、雰囲気が異なるいいアクセントの章なのかも。
-----
そして次巻からは第1の嫁アルミの世界に話は戻る。アルミの友人、パリヤのお話。不器用なパリヤがメイン…これは楽しみ!アルミ達の様子も気になる。次も必ず買う。楽しみ。
-----
封神演義/藤崎竜(第1部【全23巻完結済】) 封神演義が大好きです
一番好き
初めてはまりにはまった漫画が封神演義だった。大好きな漫画は他にもたくさんあるけれど「一番好きな漫画は?」と問われると、やはり初めて大好きになったこの漫画に帰ってきてしまう。思い出補正もあるのかもしれないが、それでもやっぱり面白い。
せっかく読んだ漫画を書き留めているのだから、一番好きなこの漫画についても書く。全23巻、23記事。
「ジャンプのなかで最も綺麗に終わった漫画の一つ」の始まり始まり
封神演義についての感想記事でよく目にするのが「ジャンプにしては珍しく綺麗に終わった漫画」といった言葉。「ジャンプにしては」の部分についてはあまり知識もないのだが、「綺麗に終わった」は超同意。最初から最後まで完璧な流れだと思う。
人気になるほど簡単には終わらせられず、人気がなければ終わりを急かされ…なかなか程良いバランスを保ちながら走り続けるのは難しいのだろう。だから、最初に好きになった漫画において、綺麗な終わりをリアルタイムで楽しめたのは本当にラッキーだったと思う。
-----
舞台は殷の時代の中国。道士太公望が、世をかき乱す悪しき仙女妲己を退治すべく奮闘する…という「ボス敵を倒す」わかりやすい初期設定。神話入り乱れる大昔とはいえ、一応我々の現実に通ずる史実の世界が舞台。導入の印象は週刊少年誌のファンタジーマンガとしては渋めかも。(しかしこの先宇宙人が出てきて宇宙のハイテクノロジー小惑星で最終決戦となるなんて、原作を知らない人で予想できた人はいないだろう…)
藤崎竜.封神演義.1巻.1話より.扉絵:綺麗なカラーイラスト。ストーリーだけでなく、扉のイラストも三分の二以上が水墨がタッチの風景で結構地味め。大好きだけど。
第1回の太公望
腕力はなく体はひょろい、実年齢70代、知略が武器。少年漫画のステレオタイプな主人公の要素…強い、アツい、青い…そういった印象はあまりない。
1話でさっそく描かれたのは過去のトラウマ。父母を含む一族の虐殺、殷への恨み。当時はよくある設定だと思って流していたけれど、この先彼が失う多くのもののことを考えると、なんだか初めから失くしてばっかりの人だなと悲しくなる。飄々とギャグっぽく描かれる人だから一見そんな重くは見えないけれど。仲間が増えるのを喜び、仲間を失うことを何より悲しむやさしい人。大人で、いい意味で寂しい雰囲気がある(70代だからというわけではなく…)。風使いっていうのもいいアクセント。
藤崎竜.封神演義.1巻.1話より.:この「安全な人間界をつくる」は物語の核となる太公望の信念。背景にトラウマがあるからこその強い意志。
VS.申公豹、VS.ちんとう、VS.王貴人
そして1話からテンポよくバトル。ただ、この時はまだ西岐対殷の構図が出来ていないから、あくまで個人戦。妲己の刺客・ちんとうと、ノコノコ誘い出された妲己の妹・王貴人との戦い。お話も初期段階ということもあり「太公望がずるくて、でも人を守って、それで格上の敵に一矢報いるスゴイやつ」「封神や妖怪ってこういうシステム」という説明的内容。妲己も太公望の活躍に驚きを見せたりしていたりして。妲己も太公望も、まだまだ「底知れぬ」感じは出ていない。
名物の残酷描写その1、炮烙。妲己、はじめはお色気誘惑が武器のわがままガール的な印象だったけど、そんなかわいらしいものじゃなかった。まず描かれるのが残酷さ。中国の容赦ない処刑のイメージそのままに、ジュッ人を焼く…この封神演義全体を通して、前半の妲己は軽いノリでかなりエグイことやってる。それも魅力。
藤崎竜.封神演義.1巻.第3回より.:印刷の赤色も手伝ってザ・中国の処刑という雰囲気。後半はあまり中国っぽくなくなる気がする…初期独特の雰囲気。妲己の残酷さの描写はまだまだ序章…「図工が得意ですのん♡」て。
第五回:宮中孤軍…だんだん封神演義らしくなる
妲己の妹・王貴人を人質に利用し、そのまま妲己や紂王のいる宮中に入り込む。これまでの1対1の細かいバトルは、実はあまり封神演義っぽくない。これからが本番。
対妲己においても、話術で一瞬太公望が優位に立ったかに思われたけど、そんなことは何の意味もなかった。妲己は痛くもかゆくもない。何の手も打てず徐々に追い込まれる太公望。そして直接仕掛けにくる妲己…
「妲己に翻弄される」という構図はこれからずっとついて回る(というか、妲己には最後の最後まで翻弄される)。この宮中孤軍からが本当のスタート。
結局、太公望は捕らえられてしまう。そして結末は、太公望と血を同じにする羌族達の処刑。太公望という個人の戦いではおさまらない。その規模はこれからどんどん大きくなる。
今みると面白いところ
・太公望:ちょっと若者っぽい。まだ「策士」とか「飄々」とかそういう雰囲気弱い。表情もわりと溌剌としてるかも。
・妲己:太公望の活躍に驚いたりしてる。常に一段上からモノをみている感じがだから、わりと些細なことに驚いている彼女は新鮮。あと、この時はまだ太公望を「微生物」扱いしてたりして。「伏羲」であることまでとはいかずとも、「王奕」の片割れだとはまだ知らないのか…?
・武成王:顔若い、割と細い。オヤジ臭4割減。
・スープー:こんなに痩せてたっけ…
・朝歌:まだ人々が占いやる位活気がある。まだ全然マシな状態だった。
・封神の書:蝉玉とかいるし…後で原始からの説明も二転三転する。あまり意味がないリスト。
・「神界」の設定:最後に行き着く場所。ラストで大いに役立つとは。連載中は全く意識してなかったが、最初からちゃんと言われてた。
・「原始は妲己を倒せない」:ギャグとお約束設定の言い訳ではなかった。原始のじじいめ…
----
一巻はここまで。今見るとまだ助走段階な印象。それでも当時は、捉えられた太公望と処刑寸前の羌族達がどうなってしまうのか気になってしょうがなかった。
太公望の意図するか否かに関わらず戦いは大きくなる。一人の力だけではどうにもならないことが多くなり、犠牲になるのも自分だけではすまない。それでも流れに抗って戦い抜く。そんな話の始まり。
-----
森山中教習所/真造圭伍(単巻【完結】) 車、友達、夏。完璧な友情のお話。
一生会えないけれど 大切な友人がいたりする。そういう部分を 表現したかったのかもしれないです。(著者のあとがきより)
ザカザカとした線で描かれた瞳に光のない登場人物たち、なんとなくユルめのテンション。はじめは「単館系のちょっとオシャレな雰囲気邦画みたいだな…」という印象だったけれど、気づけば不思議な教習所で繰り広げられる愉快な日常と近づく別れに心をつかまれている。絵面は派手じゃなくてさらっとしている。なのに最後の見開きでガツンとやられてしまう。驚くほどさわやかで切ない読後感。そしてこのあとがきの言葉をみて、これは熱のある友情漫画だったことに気づく。
無関心な若者ふたりのお話
主人公の清高は、女の子をフリながら「俺、免許ほしいんだ」なんて話をしちゃう。勇気や男気があるとかじゃなくて、バカで物事に無関心なだけ。そんな彼の高校時代の同級生で、誘われるがままなんとなくヤクザになってしまった無口な轟。
この轟が無免許で運転した車に、清高がはねられたところから話は始まる。清高は車にはねられたうえ、事故もみ消しのためトランクに詰められてどこかへ連れていかれてしまう…ふつうビビるものだけど、清高は「慰謝料替わりに廃校になった中学校に構えられた教習所に通わせてやる」といわれて喜んじゃう。それで万事OK、細かいことは気にしない。そして清高をはねた張本人の轟も、ヤクザ組長の運転手になるため同じ教習所に通うことになる。
真造圭伍.森山中教習所.第1話より. :さらっとした絵の雰囲気。均等な3コマでかるーく流される交通事故。なんかこ無関心な感じがすごく若者っぽい。
主人公は清高なんだけれど、ストーリーの核である友情や別れを作り出しているのは轟。轟は、なんにも考えずにヤクザになってしまった。それで良かった。もともと執着するものは何もなかったから。自分がどうなろうと、他人がどうなろうと全く意に介さない人生。
それが清高と再会し、教習所でわいわい楽しい日々を過ごすうちに、ふと自分が逃げられないところにいることに気づいてしまう。清高にとっての免許取得はそれこそ若者の「自由」そのものだけど、轟にとっての免許取得はますますヤクザの世界にハマる「不自由」を意味する。逃げたいけど逃げられない。だから、轟は覚悟をきめる。
今は無関心だけど…あとで思い出す。何回でも思い出す。
一方で清高はそんな轟の事情に何も気づかない。清高は、家のことや自分を気にかけてくれる女の子などなど、おおよそのことに無関心…まぁうるさいことは言わないし、難しいことを考えずに接してくるからこそ、高校時代浮きまくりで現在はヤクザという、ドン引き要素だらけの轟とも普通に関係を築けたのだけれども…
清高が色々なことに「気づく」ようになるのはだいぶ後。数年が経過した最終話。時間を経て、清高は家族を思うようになった、彼女を少し大事にするようになった。そして、友達のことを思うようになった。車は清高をすこし自由にした。そのおかげで清高も少し大人になったのかもしれない。車っていいよね、そういう力があると思う。
そうして清高は教習所の日々を思い出し、そこにいた人々を思う。轟も、ヤクザの運転手をしながらきっと同じことを思ってる。二人とも、生活に車が必要不可欠となった。だから、免許取得の日々の思い出はいつもそばにある。
真造圭伍.森山中教習所.第7話より. :高速教習、微笑む轟。最後のコマの空のコントラストと、すっきりした車と道路がすごくきれい。好きなシーン。
会話の感じとか、ドライな雰囲気は若い男性作者ならではだと思う。舞台が夏なのも良い。夏、若者、車。友情を語る舞台設定も、アイテムもバッチリ。著者の初めての単行本だけど、「みどりの星」「ぼくらのフンカ祭」等、この後に出た作品にも負けない。読んでよかった。
-----
ダンジョン飯/九井諒子(1巻~【以下続刊】) ファンタジー設定への鋭いツッコミ
ファンタジー系のRPGをやっていると「すっかりお約束の出来事だからあまり気にしないが、よくよく現実に即して考えるとおかしなこと」というのが結構ある。
・他人の家を漁って金やアイテムを入手
・冬山でも腹丸出し、砂漠でもファーコート
・HP尽きたらダンジョンの入り口へ自動送還……などなど。
ファンタジー世界に現実味を入れるか、現実世界にファンタジー要素を入れるかといった違いはあるけれど、どちらもファンタジーと現実のギャップをうまく結びつけて、不思議な説得力のある世界を作り出していた。
九井諒子.竜のかわいい七つの子.「狼は嘘をつかない」より.:特に上手いと思ったのがこの「現代社会に狼男いたら」を描いた作品。狼男を一つの病とし、よくある闘病エッセイ風に語るところから話は始まる。エッセイの著者が初めの一コマでお辞儀していたり、ロゴの「ワン」に耳が生えていたり…エッセイの語り口が本当に自然すぎて、不覚にも一瞬、実際にそういう病があるのかと思わされた…
九井諒子.ダンジョン飯.第1話より.:スライムについての描写。製法もそれっぽく、ノリの天日干し的な風景。(昔、虚構新聞で「バームクーヘンの天日干し最盛期」の記事があったのを思い出した)しかし干しスライムて…