漫画のメモ帳

早口で漫画について話すブログ

今月新たに読んだ漫画【2015年1月】

各項目ごとに、よかった順にざっくり並べて。

【完結】

・砂時計 1~10/芦原妃名子

・ハニバニ! 1~2/いくえみ綾

坂道のアポロン 10/小玉ユキ

【単巻】

・ソウルフラワートレイン/ロビン西

芦原妃名子傑作選集1~2/芦原妃名子

・友だちの話/山川あいじ, 河原和音

・土砂どめ奉行ものがたり/青木 朋

・東京膜/渡辺ペコ

・天国の魚/高山 和雅

・九月十月/島田 虎之介

・マキーナ/ムライ

・The Mark of Watzel/武富智

【続刊アリ】

・東京喰種 1~10、re:、zakki 、jack/石田スイ

・ダンジョン飯 1/九井 諒子

・私、空、あなた、私 1/いくえみ 綾

・君曜日2鉄道少女漫画3/中村明日美子

君に届け 1~22/椎名 軽穂

・ハクメイとミコチ 3/樫木 祐人

・おにぎり通信~ダメママ日記~ 1~2/二ノ宮知子

・オトメの帝国 7/岸虎次郎

・Bread&Butter1~2/芦原妃名子

・僕のヒーローアカデミア 1~2/堀越耕平

・黒 1/ソウマトウ

・おひとりさま出産 1/七尾ゆず

美容外科医山田美人 1~4/さかたのり子

将国のアルタイル 15/カトウコトノ

・ONE PIECE 76/尾田栄一郎

あまつき 19/高山 しのぶ

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

デカワンコ 1/森本梢子

綿の国星 1/大島弓子

・はんだくん 3/ヨシノサツキ

・王国の子 1/びっけ

・先生!1/河原 和音

・マンガでわかる心療内科 1/ゆうきゆう, ソウ

都立水商! 1/猪熊しのぶ, 室積光

・ひとり暮らしの小学生 1~2/松下 幸市朗

・闇に恋した羊ちゃん 上巻/長蔵 ヒロコ

・僕はコーヒーが飲めない /福田幸江,吉城モカ,川島良彰

 

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マルスのキス/岸虎次郎(単巻【完結】) 綺麗で丁寧なリアル寄りの百合漫画

マルスのキス (PIANISSIMO COMICS)

岸虎次郎は「オトメの帝国」で知ったのだけれど、絵がもう本当に素晴らしい。細すぎず太すぎず美少女過ぎず、でも綺麗。「現実の女子高生」の魅力をリアル寄りのイラストで存分に描き表している。

「オトメの帝国」は、そんな素晴らしいイラストで描かれる、色々な女の子のじゃれあいを楽しむ作品。一方でこの「マルスのキス」は、サービス的なイチャエロはあまりない。一巻丸ごとで、一組の女の子のプラトニックな世界をものすごく丁寧に描いた作品。経験豊富だと思い込んでいた女の子が、奥手な女の子に恋を教えられて、どうしても彼女のことを欲しくなってしまう。そんな話。片思いの心情描写と、キス。

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主人公の由佳里は彼氏とやりまくりの女子高生。経験があることに優越感を感じてすらいる。母親は束縛気味、友達は表面的…煮え切らない毎日を過ごすある日、由佳里は彼女とは正反対の優等生、美希が学校の美術室でマルス像にキスをしているのを偶然見てしまうことから話は始まる。

絵の力が圧倒的

美希のマルスへのキスのシーンは1ページまるまる一コマで描かれているが、光の表現がすごい。夕方の学校、柔らかくも強い逆光の中でのキス。こんなん見ちゃったら、誰だって動揺する。そんな説得力のある光景。

人物表情の描写もいい。だんだんと柔らかくなる二人の表情。そして片思いをする由佳里の戸惑いと悲しみ。「キス」が主題のひとつの漫画だけど、唇だけで色々な感情を語るし、色っぽい。

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岸虎次郎.マルスのキス.第3話より.:美希に彼氏ができた時のゆかりの顔。美少女過ぎない感じがかなりリアル…と思う。この後、1ページ3分割の大ゴマでがっつり描かれる表情の変化が素晴らしい。

そしてもちろん、絵だけでなくて言葉もいい。マルスへのキスを見た・見られたことをきっかけに、二人は仲良くなっていく。教室でおしゃべりしたり、教科書の落書きを見せ合ったり、図書室で恋愛話をしたり。

特に好きなシーンは、由佳里が美希に「あいつ童貞っぽいよね」と教師の悪口を言った後の下り。「…わたしもそうよ?」と答え、人の悪口は言わないほうがいいよと諭す美希。「わたしたちせっかく一緒にいるんだもの 一緒に楽しくなれること話そうよ」

やりまくりギャルの切ない片思い

美希の 恋愛への憧れを語る純粋な姿や、その優しさに触れるなかで、由佳里はだんだん自分の恋愛が汚れていると感じ出す。そして思う。美希もいつか汚れるのか、どうして自分は、美希の恋愛を気にしているのか。

乱暴な肉体関係しか知らない由佳里だから、いつか美希も汚されると思ってしまう。それが耐えられない。自分から離れていくのが悲しい。あの美術室でみたキスが誰かに奪われるのが我慢できない。そうして由佳里がいたった答えはなかなか切ないもの。無力で悪あがきに近い。でもそうせずにはいられない。

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岸虎次郎.マルスのキス.第4話より.:由佳里の悪あがきに驚く、由佳里視点の美希。眼鏡ごしの演出。

この漫画では、都合よく女の子同士が後先考えないでくっついたりしない。非現実的なイチャイチャシーンもない。絵柄もあいまって、現実よりの内容。だから、由佳里の思いは切なさを極める。決してバッドエンドとかではないし、エピローグの二人の仲の良い描写は本当に嬉しくなる。でも、やっぱり由佳里の気持ちを思うと切なさが残る。本当に上質な恋愛漫画

 

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潔く柔く/いくえみ綾(1~13巻【完結】) 死んで感動の恋愛話…だけじゃない

潔く柔く 1 (マーガレットコミックス)

2004年に連載開始し2009年に完結した潔く柔く、今になって全巻一気に読んだのだけれど、1巻を読んだときふと思い出した。自分この漫画10年前に1巻を読んだことがあった。学校の友達が面白いよ~と貸してくれたのだ。そして、当時の自分はこう思って2巻以降を読まなかった。「キャラが死んで切ないとかって…反則」

そりゃ悲しいし切ないけど…

主人公の女子高生カンナと幼馴染のハルタハルタはカンナを思っている。カンナもキスは許すけど、二人は付き合っているわけではない。カンナがハルタへの感情を捉えきれずあやふやな関係が続くある日、ハルタは事故死してしまう。自転車に乗りながらカンナへ「行くよ」とメールを打っていて、トラックに跳ねられてしまった。カンナの様子は痛々しいし、もうどうやっても気持ちに答えられないっていう切なさもある。

でもこの展開、なんかずるいと思ってしまった。善良な高校生の恋愛劇の中だったらメインキャラのだれが死んだって悲しい。ハルタじゃなくてもいい。100ページ程度という短いストーリーで、セリフや心情描写の積み重ねも限られている中、「突然の死」という強力なチートアイテムでもって感動を投げつけられた気分になってしまったのだ。

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いくえみ綾.潔く柔く.第1巻.ACT2より.:感情をあらわにするカンナと、それにつられて後悔やら悲しさやらで涙ぐむ仲間…泣き所のシーン…か???綺麗だけれど、当時はいまいちピンと来なかったシーン。

それで終わらなかった。13巻も続いてた。

本作はオムニバス形式の作品で、それぞれ主人公を変えて様々な恋愛ストーリーが展開される。1巻も前半は違う時代の別の人物の話だった。カンナの話も「ハルタが死んで悲しい、僕らの明日はどうなるんだろう」というところで一区切りがついていた。これでおしまいだと思った。でも、そうではなかった。

その後もオムニバス形式で色々な人物が主人公となるが、彼らはどこかでカンナたちと関わりがある。彼らの視点でカンナやハルタのことが語られたり、時々カンナ達自身も出てきたりする。そして、そこでは彼女が苦しみ続けているのが描かれている。

そしてもう一人の主人公、赤沢禄。彼も同級生の女の子・希実を事故でなくしている。事故はまだ小学生低学年のころの話だった。でも当然後悔がある、ずっと引きずる。

このカンナサイドと禄サイドのストーリーが、いろいろな登場人物を介して交差する。出会う人や言葉、時間の経過…そういう流れの中変わっていくもの、それでも忘れられないものが描かれていく。

「その後」を丁寧に書いている

登場人物の死が題材として扱われる際、深く心通わした仲間や恋人が消えるとか、いい感じのオヤジが大義のために男らしく消えるとか…まぁ色々あると思うが、死は「これまでの積み重ね」が感じられてこそ納得できる展開となることが多いように思う。しかし潔く柔くは、こうした「これまで」はなくて「その後」の物語であった。だから1巻読むだけではダメだった。

カンナは、ずっとハルタのことを引きずっている。それは、単に彼のことを「好き」だったからではない。上で「カンナがハルタへの感情を捉えきれず」と書いたが、更に読み進めるとカンナはずっと自覚的であったことがわかる。

彼女は、ハルタが自分に好意を向けていてくれることを自覚している。そして、彼女もずっと一緒にいたハルタのことが好きだった一方で、その「好き」がハルタの「好き」とは少し違うことにも気づいていた。気づいていたけど、気づいていないふりをして、ずっと近くにいてくれることに甘えて、あやふやな状態にしていた。大好きな彼を傷つけたり、今の状態を壊したりしたくはなかった。

しかし、そんな風に彼と真摯に向き合うことをしない状態のまま、突然別れが来てしまった。そうして、好きになれなくてごめん、向き合わなくてごめん…そんな罪悪感のようなものが彼女に強く残った。答えが出てるのに、答えなかった。彼の気持ちを知りつつ、現状に甘んじて生殺しのような扱いをしていた。そんな自分の曖昧な態度が彼を殺してしまったのかもしれない。単純に、好きだった人が死んで忘れられないということではない。だから、彼女には、同じ罪悪感を抱える禄との出会いが必要だった。

そういや禄編ではドーナツがキーアイテムとして出るけれど、1巻表紙のカンナもドーナツ食べてる。禄が出てくるのは5巻と割と後になってからだけど、はじめから織り込み済みだったのかな。オムニバス形式ではあるけれど、ゆっくり丁寧に長期連載で描くことを前提とした構成、大御所の力量あってこそ。

オムニバス一本一本も面白い

恋愛ストーリーに関しては安定の面白さ。少しキレイすぎる感じもあるけれど、少女漫画だからいいのです。むしろもっとやって。憧れ。特に好きなエピソードはハルタの従兄・清正と一恵の話。一恵はハルタが好きで、彼を主人公に漫画を描いちゃう。カンナの立ち位置に自分を投影した話を描いちゃう。カワイイ。美男美女のイケテル恋愛話とちょっと違った味がある(まぁ現実的な視点で言えば一恵も普通にイケテル部類の子なのですが)

そしてなにより、この一恵と清正が人としてすごくやさしいのだ。カンナがハルタの思い出を求めて清正の家を訪ねる際、二人は他にも人を呼んでしまうのだけれど、そのあとでこう思う。「3人で会えばよかった。3人で。ハルタの思い出話をいっぱいしてあげればよかった。失敗した。大失敗だ。」この後、3人で遊園地に行く流れはとてもいい。思いやる気持ちがやさしい。恋愛だけでない、綺麗な話。

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いくえみ綾.潔く柔く.第4巻.ACT5より.:漫画を描いていたことを告白する一恵と喜ぶカンナ。溢れるセリフと木漏れ日のなかでほころぶカンナの表情。心からの笑顔でハルタの名前を口に出せた。清正と一恵の優しさとカンナの悲しさが柔らかく描かれた綺麗なページ。そしてこの後の観覧車のシーンは前半のヤマ場。

落としどこもいい

結局、カンナと禄が出会って…ってところが終着点ではあるのだけれど、オチの肝は12巻、希実の姉(愛実)とその娘(睦実)の話。死んでしまった希実に似ている睦実。当然、希実の代わりではないのだけれど、その面影には忘れられないものがあるし、これから生きていく者にとっての希望そのもの。

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全体的には恋愛少女漫画だから割とライトっぽい印象はある。でも、恋愛を超えた生死とその罪悪感の解消というところにヤマを持ってくるあたり、死を扱っていながらも単純なお涙頂戴的なラブストーリーには収まっていなっていないと思う。それでやっぱりハッピーエンドなのがいい。みんなお幸せにと切に思える漫画。

 

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子供はわかってあげない/田島列島(上下巻【完結】) 強い子供たちがつくるやさしい日々

子供はわかってあげない(上) (モーニング KC)

 田島列島という新人?の作品。Amazonでの紹介はこんな感じ。

水泳×書道×アニオタ×新興宗教×超能力×父探し×夏休み=青春(?)。モーニング誌上で思わぬ超大好評を博した甘酸っぱすぎる新感覚ボーイミーツガール。 

ボーイミーツガール…でもふつう

確かに少年と少女が出会っているのだけれど、学校の屋上で同級生同士が顔を合わせるという、あくまで普通の日常から話は始まる。キラキラした演出は一切ない。絵柄もシンプル。出会いはボーイミーツガールと呼ぶにはいささか地味に感じられるくらいの日常感。

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田島列島.子供はわかってあげない.上巻.①より.:屋上でアニメのキャラを描く少年(もじくん)と意気投合する水泳少女(サクタさん)。地味な絵、地味な二人。モジ君の顔の線の少ないこと…

そんな二人は、ちょっと非日常的な夏休みを過ごすことになる。離婚して行方がわからなくなっているサクタさんの父親を、探偵をやっているもじくんの姉(性転換済)に捜索してもらうことになるのだ。そして、捜査を進めると実はこの父親は新興宗教にかかわっており、しかも教団の金を持ち逃げしていて、さらに実は超能力者で…と、文字に起こすと色々詰め込みまくってるストーリー。でも読んでいると不思議とまったくそんな印象はない。それらの不思議な出来事すら彼らの日常のような空気感で話は進む。

わかってあげちゃう子供達

「離婚して行方のわからなくなった父親」に会いたくなったとき、サクタさんは今の家族のことを考える。暗い表情になるわけでもなく、当たり前のように思う。でも会いたいから合宿をサボって旅にでる。

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田島列島.子供はわかってあげない.上巻.②より.:この「コレ(幸せ家族)、壊れちゃうかな?」なんてセリフは、暗くシリアスに描かれても不思議でないのだけれど、サクタさんの表情はこの通り。変に騒ぐでもなく、でも思慮が足りないわけでもなく…立派だよ。大人でも難しいよ。

お兄さんが「お姉さん」になったもじくん。普段はお姉さんにも普通に接するし、それこそ家の書道教室を手伝ったりと十二分にできた人物だけど、何か思うところがないわけではない。

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田島列島.子供はわかってあげない.下巻.⑭より.:変に振り回されないよう、取り乱さないよう。周りも悲しむし、自分もへこむから。逆光の背中で語る。サクタさんと同じ強さと優しさ。

二人とも、一般の高校生以上にできた子だ。タイトルに反して、十分「わかっている」子供達だよ。誰かを悲しませたりもしない。周りの人だって彼らを大事にしているし、本人たちだって何か我慢をしているつもりもない。日常はギャグを挟むユーモアや余裕もあって明るく穏やか。まっすぐな子たちだから、そんなやさしい日々を送れている。

でも心の中には何かがある。だから行動せずにはいられない。

夏の青春

じわりじわりと高まる気持ち、縮まる距離。セリフも絵も本当に好きだ。(恋愛的な意味に限らず)互いを思うことが、心の中の崩れそうな部分を包んでいく感じ。分別のある良い子で、でもまだまだ思春期で。そんな二人の様子にニコニコしてしまう。

そして最後までよむと、やっぱり「ボーイミーツガール」という紹介で良かったんだなと思う。何の派手な演出もないのに、こんなにきらきらしているなんて。ギャグも交えてほいほい読ませて、実はしっかり盛り上げている。ここぞという時のセリフもいい…夏にぴったりの素敵な漫画。

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田島列島.子供はわかってあげない.上巻.④より.:テキザイテキション(適材適所)。こんな感じで、小さいコマながら結構な頻度でキレのあるギャグを入れてくる。笑う。

 

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俺物語!!/ アルコ・河原和音(1~7巻、以下続刊) こんなん笑っちゃうでしょ。

俺物語!! 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

少女漫画にあるまじきゴリラルックスの主人公猛男。ある通学中の電車で痴漢に遭っている女子高生、大和凛子を助けたのをきっかけに、二人は絵に描いたような初々しくかわいらしいカップルになる。過去の思い人の影や、相手の気持ちがわからない等、お約束の問題もあるけれど、最後には必ず絆を深めて話は進む。ストーリーラインはテンプレート的ともいえるベタベタの少女漫画なのだけれど…まったく退屈はしない。

猛男すげー

こんなにベタなのに退屈せずに読めるのはもうこの猛男のキャラクターの力に違いない。

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アルコ・河原和和音.俺物語!!.第1巻より溺れた子供を助けたり。水に濡れるヒーローはふつうイケメンに描かれるものなのだけれど…ひどい。特に鼻がひどい。実際必死で泳ぐとこうなるけどさ…

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アルコ・河原和和音.俺物語!!.第2巻より.:彼女のためにマッチョ喫茶で働いたり。カフェでバイトするヒーローは、腰エプロン姿が萌えどころなのだけれど…全然違う。

すごいイイ奴なのは間違いない。

恋愛モノの少女漫画にこのキャラクターというギャップ。こういった過剰なギャグ演出やキャラ設定って、スベッて寒すぎて目も当てられなくなったりしやすそうなものだけれど、これは素直に面白い。どの描写も、猛男のイイ奴っぷりや、不器用さ、まじめさが押し出されていて不快感がないからかも。

それにこのキャラのルックス・演出のおかげで、ギャグ的な面白さが出るだけでなく、恋愛要素もより一層素直に応援したくなるようなさわやかストーリーになっている。と思う。

ちゃんとイケメン、ちゃんと美少女、ちゃんとゴリラ

たとえばあるキャラクターについて、言葉では「気持ち悪がられてモテない」と説明されているけれど、絵を見るとただのメガネをかけたイケメンであったり、黒髪でスカートが長いだけの美少女だったりすることがある。

じゃあリアルに陰気で不細工なルックスに描けばいいかといえば、もちろんそんなことは絶対ない…どこかで憧れることができるような、美しいものを少女漫画では読みたい。ただやはり、「言葉の設定だけ」のモテない純情主人公の王道ストーリーには、何か引っかかるものがある。めでたくカップルになったり人気者になったりしても、「良かった」という気持ちと同時に「まぁ当然だよね」という一歩引いた感想が出てきてしまうのだ(卑屈な感想ですが…)。 

その点からいうと、猛男はちゃんと「普通の若い女の子にはモテなさそうな」キャラクターになっている。もう、その絵だけでも圧倒的な説得力がある。「ちょっとくらい今どきのイケメンっぽく…」なんて妥協は無い。そのかわりに、正義感の強さや、同性からの人気、人並み外れた運動能力の描写がこれでもかと盛り込まれている。だから、ルックスは悪くてモテ無さそうだけど、決して見ていて不愉快でない、むしろ好感の持てるキャラクターになっている。

手放しでおめでとう!と言える

そして、そんな猛男くんのことを、それはそれは可愛くて優しい子が好いてくれるのだ。ゴリラの猛男だけを見つめてくれるのだ。隣にいるイケメンな親友に目もくれずに、打算もない純な気持ちで。これはもうおめでとう!というしかない。愛すべきモテない猛男だからこそ、ベタな恋愛展開に対して心からよかったねと思えるし、どんどん幸せになってほしいから、次の王道展開が待ち遠しくなる。

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アルコ・河原和和音.俺物語!!.第1巻より.:手をつなぐだけでこんな…淡いトーンにホワイト飛びまくりで目がキラッキラしているちょうかわいいシーン。王道少女漫画なんです。

読んでいて気持ちいい部分だらけ、善意と王道の優しい漫画

猛男だけでなくて、その周りの主要人物や展開にも不愉快になるような部分はほとんどない。彼女の凛子がイイ子なのは当然として、このイケメンの親友が超イイ奴。足りないイケメン分をちゃんと補ってくれるナイスガイ。クールで性格もいいから、ムサイ画面にさわやかな風を吹き込んでくれる。猛男と凛子の物語だけでなく、猛男と砂川の友情もこの物語の柱になっている。

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アルコ・河原和和音.俺物語!!.第2巻より.:クールなイケメン。別マンガかというくらい普通にイケメン

ちなみに現行の最新7巻は、この砂川の恋愛にフィーチャーされた内容になっている。でもやっぱり、正直砂川は少女漫画的「ふつう」。猛男と絡んでこそのキャラ。だから正直、7巻はあまり勢いがない。おとなしい性格の良い女の子が奮闘するも結局砂川とは恋人にならないし、結果としてはほぼ現状維持。今後も脇役としての彼に期待。

そして次巻は、大和父(普通の線の弱い男性)と猛男の対面らしい…もうそれでだけでものすごい楽しみ。猛男側の家族の描写も良いから期待大。猛男母の、「彼女ができた」と聞いてうきうきしちゃう様子は笑った。

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アルコ・河原和和音.俺物語!!.第3巻より.:母ちゃんもキャラが濃い。

トリッキーな主人公が、ド直球の恋愛ストーリーを繰り広げているこの漫画。今後の猛男君の大いなる活躍に期待。続刊楽しみ。

 

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リトル・フォレスト/五十嵐大介(1~2巻【完結】)

 

リトル・フォレスト(1) (ワイドKC アフタヌーン)

いちこという20代くらいの女性が主人公。田舎における半自給自足の食生活について、栽培・採集から、調理、食事まで丁寧に描いた漫画。主人公の過去や、心境の変化なども描かれているけど、なにか劇的なストーリー展開があるわけではない。ひとつの食材や料理をテーマに、それを食べるまでの過程を1話完結で描いた作品。

 

丁寧な観察、丁寧な積み重ね

 主人公が能動的にあちこち動いてストーリーを大きく動かす漫画も好きだけれど、このリトル・フォレストのように、じっとひとつの対象・ひとつの作業を丁寧にみつめて積み重ねてゆく漫画もとても面白い。自分がその題材と密に接しているような気分になるし、知識が増えていく気持ちよさがあり、自分でも実際に体験したくもなる。

こうした丁寧な観察の描写や、過不足のない手順の説明は、整っていてとても綺麗で、何度でも、いつまでも眺めていたくなる。伝統工芸職人の作業過程や、巨大工場での精緻な生産風景などを見てお見事!と関心するのと似た感覚だと思う。

くわえて、食がテーマの作品は「おいしそう」という欲求もひっぱり出してくる。好きな食べ物には何度でも「おいしそう」と感じて飛びつくのと同じように、この漫画に描かれている食の様子には、その丁寧で鮮やかな描写と、「おいしそう」の気持ちから何度でも飽きることなく繰り返し読むことができてしまう。

 

それにしても絵がうまい

五十嵐大介は絵が本当にうまいと思う。

よくよく見れば、たまに線はガサガサとスケッチのようであったり、人の顔なども簡略化されて歪んでいたりするときがあるものだが、そうしたラフな線がしっかりものの形やその場の空気をとらえている。見た世界、体感じた世界を正確に絵におこすのが本当に上手いのだと思う。

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五十嵐大介.リトル・フォレスト.1巻 p.15 より:庭のハーブでウスターソースを作る様子。一つ一つ、一コマ一コマ丁寧な手順の紹介。

いちこのストーリーは…どうなんだろう

この漫画の柱は上記のような食についての描写だが、主人公・いちこの人生についてもストーリーが展開されている。いちこは小森で生まれ、中学生ぐらいで母が出て行き、その後自分も村を後にした。でも、出てった先で人と向き合えなくて帰ってきた。そんな背景のあるいちこは、農業・家事の合間あいまにふと母のことを考えたり、自分の在り方について思ったりする。

しかしどうしてか、そうしたいちこのストーリーに何かを感じることはあまり無かった。言ってしまえばいちこの食生活や田舎というフィールドにはすごく興味が持てたけど、いちこそのものにはほとんど興味を持てない。

他の作品でもそうなのだけれど、この作者の描く人間に親しみをもったり、強い思い入れを持ったりしたことがない。「あのキャラが特に好き」「死んじゃって本当に凹む」「あいつは嫌い」こういった類の思いを、五十嵐の漫画を読んでいてを抱いた記憶がほとんど無い。

おそらくだけれど、作者は登場人物の感情や、幸・不幸、生き死に等で、読者に何か強い感動を与えたり、親しみを持たせたりしようという気があまり無いのでは。世界と、登場人物がその世界にどう関与するか。その部分だけを完璧に描いているし、だからこそ食や自然の風景の描写に注力出来るのだと思う。

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五十嵐大介.リトル・フォレスト.2巻 p.145 より:風景もすごく綺麗。山とかよーく見るとザカザカ線を走らせているだけのようにも見えるのに、木々の密度が感じられる…と思う。絵の魅力も半端ない作品。

だから、最終話には少々の違和感があるけれど

一話一話、必ずメインの食材を設けて描いていたのに、最終回はそれがない。「いちこが成長し、これからどう生きようとするかの答えを出した」みたいなことがメインに置かれている。話としてはなんとなくまとまった風にはなっているけれど、最後の最後にそこだけクローズアップされたことへの違和感がある。いちこ本人に興味が持てない分、なおさらそれは大きい。どうせなら、最後も食でおとしてほしかったなぁと思う。

とはいえ、やはりこの漫画は文句なく面白いし、決してそれまでの積み重ねがこの最終回で台無しになったということもない。(そもそも、食や生活という、いつまでも続いていくものを描いた作品を描いているのだから、綺麗に落ちなくても問題はないのかもしれない。)

自分の中の食欲が尽きない限り、何度でも読むことができる作品だと思う。

 

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