漫画のメモ帳

普通の会社員が書く漫画アニメの感想・解説ブログ。基本完全ネタばれです。安月給なのに漫画買いすぎて毎月金欠。

夜、海へ還るバス(単巻【完結】)/ 森下裕美 私を静かな夜へと導くあなたの心と体

夜、海へ還るバス (アクションコミックス)

主人公の夏子は27歳の女性。結婚を控えており幸せの真っただ中のようであるが、彼女には「男性とセックスする夢を見たことがない」という悩みがあった。とても些細なことのようだけれど、なぜか「自分は実はレズビアンなのでないか」という疑いが頭を離れない。このままでは結婚できないと考えた彼女は、自分がレズビアンか否かを確かめるため、婚約者の了解のもと女の「浮気相手」を探し始める。そんなある日、彼女は偶然同じマンションに住む人妻の美波と出逢う。そして、彼女との関係をきっかけに、自身が無意識に葬り去っていた過去の記憶を徐々に取り戻していく…

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昼と夜

この物語でいえば、「結婚」や「充実した仕事」「優しい婚約者」といったものは夏子にとっての「昼」であるように思う。人や、世間との関わり。表向きの装いをして、自身も社会の一部となる、陽のあたる時間。人生においてこのポーションを充実させることはとても大事で、多くの人もそれを目標に日々頑張っている。

では「夜」とはどういう時間だろう。夜眠るとき、たとえ隣に誰かがいたとしても、目を閉じてしまえば向き合うのは自身の意識だけだ。基本的に一人の時間。他者や社会から離れ、装いを解き、表には出さない自分自身となる時。

「美波」は夏子にとっての「夜」の入り口、もしくは「夜」そのものだったのだと思う。美波は、昼の時間でも一人ぼっちの女だ。奔放で、人目を気にせず自由に振舞う。働いてもおらず、社会や他者との関わりから離れてに生きている。目覚めているのにまるで目を閉じ眠っているかのような、孤独な女。夏子は、そんな女と深い関係になることで「夜」の領域に踏み込んでいく。

「昼」に存在する他者との関係性の糸は、確かに窮屈に感じることもあるが、命綱のようにして自身を繋ぎとめることもある。しかし、夏子に必要だったのは、そうした外向きの「昼」ではなく、虚飾を取り払い自分を見つめることのできる「夜」だった。彼女は自分であるために、夜に潜って、自分と向き合い思考する。そして、それが彼女の中に埋もれていた物語を呼び起こしていく。

静かな薄暗い闇の中で、心の奥深くの何かと対峙する時。そうした「夜」の中で物語はひっそりと閉じる。ラスト5ページの幕引きは、本当に、本当に静かで、深い余韻を残す。

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森下裕美.夜、海へ還るバス.第7回.p143より.:夜、二人を監視する者はいない。妖しい…

肉体

私が特に好きなのは、美波が夏子の婚約者に「夏子を癒したの男のお前とは違う、私の心と体だ」 と言う場面。

婚約者は「昼」の象徴で、夏子を助ける事ができるのは自分だという真っ直ぐな自信を持つ。そして、夏子の同性愛についても、なんの悪気もなく「僕が治す」と考えてしまう。良くも悪くも、一見「正しい」らしい常識や倫理観に沿った行動をする。そういったまっすぐさはとても大事。でも、そうした表向きの「正しさ」では、夏子の心の奥深くに触れるには深さが足りない。

母親の不在、自分が女である事に対する恐怖やトラウマ。何かに不足し傷ついている夏子を、母として、女として、もう一度育み直すように抱いたのは、美波だった。

美波は「正しさ」に夏子を当てはめない。不倫だろうと同性だろうと何も躊躇わない。そうして、夏子が欲していたものを、女の己の肉体という圧倒的な媒体でもって、的確に与えたのだ。世の中では「見た目より中身」のようなプラトニックを尊重する在り方が善とされがち。それは決してすべて間違いではない。でも、そこに、心だけでなく肉体があったからこそ、救われることもあるのだと思う。

緩く巻かれた髪、柔らかそうな皮膚、猫のような瞳。奔放な振る舞い、夏子への独占欲、婚約者への敵意。海のような底知れない女の魅力が全開になったシーン。読んでいて「うわ…」と圧倒されてしまう。

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森下裕美.夜、海へ還るバス.第9回.p192より.:婚約者と対峙し、圧倒的な存在感を放つ美波。胸に当てた指としわが女の己を強調している。この女を前にすると、一見、人の良い素晴らしい婚約者もペラッペラな存在のように映る…

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コミカルな演出も多く、キャラの顔立ちも記号的なのだけれど、エピソードの内容は現実的で結構エグい。女、男、母親、家族、恋愛、結婚、不倫、子供、過去、傷、セックス…一巻の中に、色々な要素が詰まっている。

なのに、ラストの幕引きはこの上なく静かで穏やかで、深い水の底にゆっくり沈んでいくよう。読んだ後は、不思議と心が落ち着く。そんな漫画。

 

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青野くんに触りたいから死にたい(1~3巻【以下続刊】) / 椎名うみ 今ダントツで面白い漫画

青野くんに触りたいから死にたい(1) (アフタヌーンコミックス)

青野くんに触りたいから死にたい

なかなか刺激的でキャッチ―なタイトルだけど、内容もそれに全く負けていない。ただの切ない恋愛だけではない。メンヘラ系女子の葛藤だけでもない。滑稽さ、必死さ、悲しさ、そして恐怖がギュッと詰まっていて、読んでて脳がジーンとしてくる面白さ。

偶然、第1話と第2話が掲載されたアフタヌーンを読んだのだけどもう一瞬で虜です。今一番続刊が楽しみな漫画。

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主人公の優里はさえない女の子。人との付き合いが上手くなく学校でも浮いてる。別のクラスの青野くんを好きになるのだが、そのきっかけも、廊下でぶつかって一言二言かわしたことだけ。でもそれが男の子との初めての会話で、頭の中はもう青野くんでいっぱい。見た目のピュアさもあいまって、ちょっとイタい女の子だ。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第1話「初めての彼氏」.p8より.:青野くんのことで頭がいっぱいの優里。黒髪の真面目な印象の女の子。体育ので二人組を組む友達がいなくても気にしないくらい青野くんのことを考えている。思い込んだら止まらない。つよい。

そんな人との距離感がつかめない優里ちゃんなので、いきなり青野くんに告白してしまう。でも結果はまさかのOK。青野くんもなかなか不思議で豪気な人物のよう。そうして、めでたく二人は付き合うようになるのだが…

ある日突然、青野くんは交通事故で死んでしまう。絶望する優里。自分が生きていてもしょうがない。そして手首にカッターをあてて青野君に会いに行こうとしたとき、青野くんが幽霊となって彼女の目の前に現れる。

こうして、優里と幽霊の青野くんとのお付き合いが始まる。

 

幽霊の彼氏とのおつきあい。大真面目だけど滑稽で痛々しい

青野くんはものに触れることができない。青野くんは優里ちゃん以外の人からは姿が見えない。そんな制約の中で、二人は学校や家で共に彼氏彼女の時間を過ごすことになる。

このお付き合いの様子がもうおかしくて痛々しくてなんとも言えない。例えば、青野くんに触れられないと悲しむ優里ちゃんに、青野くんは、枕に自分を重ねて枕ごと自分を抱けばいいと提案する。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第1話「初めての彼氏」.p30より.:読んでるこっちも「え……?」となるわ。枕と自分をかさねる青野くん。なんて絵面。ちょっといい笑顔なのもシュール。こんな笑いが散りばめられている。

本人たちはいたって真面目だけどシュール。この枕を抱いた優里ちゃんは「わたしの匂いだ」といって大泣きするんですよね。好きな人が死んだら悲しいよね、初めてのハグが自分の匂いしかしなかったらやりきれない。でも傍から見たらとてもまぬけ。

他にも、優里と一緒にピアノを弾くシーンや、何気ない言葉の掛け合いがとっても良い。枕のお話のようにちょいちょい笑わせてくる。優里も人並みに性欲もあるから変な方向に暴走することもある。本人たちはもう必死。でもうまくいかない。

初めての彼氏が大好きで、嬉しくて、一生懸命で、でも幽霊で。恋愛ってたしかに傍から見たら滑稽な部分があるけれど、それにしてもシュール。笑えない状況なのに笑わせてくる。

 

物語の面白さを邪魔するノイズがない

人付き合いがうまくできない登場人物は世間から攻撃されがちだから、優里もどこかで周囲から変な目で見られたり、責められたりする展開があるのかな、と思ってしまう。あとは優里の妄想オチで彼女がひどく傷ついたりとか。でも、そんなことは無かった。

むしろ、ちょっと優しくしてくれる同級生がいたり、青野くんを助けようとする仲間が出来たりする。安直に居心地の悪い展開が挿入されることは無い。優里ちゃんは、きっと現実の人でもそうするように、幽霊の存在についてわざわざ騒ぎ立てたりはしない。周囲とうまく折り合いをつけることはテーマになっていないから、外野のヤジも少ない。

恋をしている優里は必死で、他のものが入り込む余地はない。

そんな優里ちゃんに仲間ができて救われる。さりげなく優しいモブキャラの存在もうれしい。幽霊の青野くんとの会話も面白い。初恋に必死な様子も、うまくできない滑稽さも好き。

面白さを邪魔するものも何もない。そして、そんな優里ちゃんの青野くんへの想いや必死さに、幽霊の謎や不気味さが絡んできて、いよいよ物語は走り出す。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第2巻.第8話「脱衣」.p81より.:優里と、青野くん救済という目的で仲間になった二人。青野くんが左の藤本くんに憑依した際、優里と彼はキスをしてしまう。性欲を隠さない優里とうろたえる藤本くん…災難。

 

不穏な描写のうまいこと…

この漫画は、分類するとすればおそらく「ホラー・スリラー」になる。優里ちゃんが、思いつきで青野くんを自分に憑依させようとしたことをきっかけに、いつものやさしい青野くんの様子がガラリと変わり、まるで別人のようになってしまう。そして憑依を許可したとき、青野くんは優里の体に入り込み、優里はどこか別の世界に迷い込む。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第1巻.第4話「もう一人の青野くん」.p137より.:青野くんの表情。顔を半分隠している。花と、表情と、逆光と、不気味な余白…良い…。この次のページもびくっとなる。ちなみに青野くんと外で会話するとき、優里は携帯で「赤川くん」と喋っている風にカモフラージュしている。たしかに、実際に幽霊がいても、多分普通には人前で話さないだろう。こういところがしっかりしてるのもいい。

この「様子が違うもう一人の青野くん」の表情。いきなり出てくるものだから、本当にぞくっとしてしまう。「別の世界」の不穏さもなかなか。街の電柱に×が描かれている描写とか、ストッキングをはいた女の足が隠れる優里を探しに来る流れとか。

なんでこんなに不安定な雰囲気をだせるのだろう。健全で、ちょっと拙い感じ残る絵柄のせいかもしれない。怖い。

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椎名うみ.青野くんに触りたいから死にたい.第2巻.第10話「嘘つき」.p161より.:「別の世界」で、机の下に隠れる優里に気づきそうな女。机の下をのぞきこもうとだらっと髪垂れる髪、ペディキュアの爪、ストッキングの線。顔は見えない。やばいやばい。怖いよー。

この「もう一人の青野くん」はいったい何なのか。優里ちゃんが憑依されたときに見る世界はいったい何なのだろうか。そこに出てくる女は誰。青野くんの過去との関係は。そして、青野くんを「助ける」にはどうすればいいのか。

3巻までで、謎は未だ解明されていない。

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不穏な展開の数々に、次は?次は?と気になってしまう。普通の人々や世界と紙一重で存在する、普通でない世界や人々の描写にギクッとする。

恋愛の楽しさ、悲しさ、必死さと、仲間の暖かさと、ギャグと、謎と、恐怖。色々な面白さがギュッとつまってて本当に面白い。人の内面、言動、行動、そしてそれを取り巻く世界のどれもが魅力的だと思う。

一巻一巻がとても短く感じる。次巻もとっても楽しみ。

 

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マリーマリーマリー(全6巻【完結】) / 勝田文 こんなに軽やかでおしゃれな漫画他にない

 マリーマリーマリー 1 (マーガレットコミックス)

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勝田文は大好きな少女漫画家の一人。強弱のない細線で構成される画面がとてもオシャレ。人物はとても美しい。こんな顔になりたい。かわいい小物や書き文字も素敵で、レトロモダンな雰囲気の素敵な世界を作っている。ストーリーはほんわかとした恋愛モノが多く、登場人物は皆どこか憎めなくて愛らしい。

このマリーマリーマリーは、基本1話完結の形式で、ヒーローヒロイン以外にもたくさんの魅力的なサブキャラが登場。彼らの日常のドラマが描かれている。オシャレな絵柄と画面構成、テンポよくコロコロと転がるストーリー、思わず微笑んでしまうような物語の結び。そんなお話が集まった全6巻30話。

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針灸院に勤めるリタは、ある日、往診のために訪れたライブハウスでギタリストの森田と出逢う。翌日、リタは愛車のクラシック・ミニを運転していたところ、通りがかった森田を車ではねてしまう。警察に連絡しようとあわてふためくリタに、針灸院で診てもらえば大丈夫と言って車に乗り込んでくる森田。そして言う。「もし僕と結婚したら森田リタになる モリタリタ かわいいでしょ。僕と一緒にならない?」

自由奔放で飄々としてて自然体な森田。そして、一般的な常識人と思いきや、なかなか思い切ったところのあるリタ。そしてふたりは、ひらめきに押されるようにして勢いのまま結婚してしまう…そんな急展開の第1話から物語は始まる。

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勝田文.マリーマリマリ.1巻.p194,195.#5より.:森田とリタと、キーアイテムのミニ・クーパー。リタは作中で特に美人扱いはされていないのだけれど、とってもかわいい。まつ毛キレイ…。アップと引きと、除夜の鐘。見開きでとても素敵な夜の演出。

なかなかの急展開だけど、森田の魅力や、画面の演出で、何となくいい流れが来てて勢いに乗るのも悪くないと思えてしまう。こんなに素敵な世界なら、ポンと結婚届に印を押しちゃうのも納得できてしまう。

そんな素敵な森田・リタ夫妻を中心に、これまた素敵な彼ら周辺の人々の日常物語が展開される。一話一話の中で起承転結がしっかりあって、場面がくるくる変わって楽しい。ミニやギター、ブルースといったアイテムもレトロで粋な雰囲気を作ってる。盛り上がりどころの大ゴマや見開きは、オシャレな一枚絵のよう。絵を追っているだけでも楽しい。

ゆるくてあたたかい脱力感

ところどころに散りばめられる、脱力感のあるやりとりやデフォルメされたイラストも本当にいい。このゆるい雰囲気に人々の愛らしさが表れている。「なんでもいいじゃーん」って感じで、色々な人の色々な事情を許容するおおらかさがこの作品には満ちている。どのお話も好きなのだけれど、特に気に入っているのが2巻のお葬式の話。クソジジイの葬式に集まる人々。話のオチも劇的で笑える。笑える葬式。良い。

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勝田文.マリーマリマリ.2巻.p144.#9より.:葬式に集まって個人の悪口を言う人々。容赦ないジジィ呼ばわり。作品には、若者だけでなくて中年・老人のキャラもたくさん登場する。老若男女、色々な姿の人がいて楽しい。

森田、最高のイケメン

のほほんとした世界のなかで、ヒーローの森田は時折ものスゴイ色気を見せる。少女漫画の中でもトップクラスのイケメンだと思う。いくえみ男子ならぬ勝田男子、本当に素晴らしい…。ギタリストという職業柄ふらふらしているかと思えば、何気に仕事の引き合いもあるし、人からは好かれるし、自然体でぶれてない。余裕と安定感がある。飄々とした雰囲気ながら、おさえるとこはおさえてる。顔のバランスも完璧。超かっこいい。

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勝田文.マリーマリマリ.1巻.p23.#1より.:リタを連れてライブハウスを抜け出す森田。この刺すような視線はヤバい…。ギタリストという設定も相まってか、手も素敵なんです。

愛されるべきごきげんな漫画

お話はテンポがよくて、オチはあたたかで、読んでいて本当に気分がいい。日常をごきげんに過ごすことが、この上ない幸せなのだと思えてくる。

不安が無くて、その世界に没頭出来て、画面が楽しくて、温かい気分になる。全編を通してこれほど安定して気分が良い漫画ってかなりスゴイと思う。しかしあまりこの漫画が話題になってないのは何でなんだろう。色々なメディアに取り上げられてもおかしくないのに(このマンガがすごいとかにランクインしててもおかしくないのに。個人的には、ノイタミナ枠とかでアニメ化したら、それはそれはポップでカラフルでテンポ良くて楽しそうだなぁなんて思ってる。)。もっとみんな読んだ方がいい作品。

 

この著者のほかの作品も大好き。「かたわれの街」なんか特に。短編も長編も、どの作品も安心して読める。次回作もとっても楽しみ。

 

 

マリーマリーマリー 1 (マーガレットコミックス)
 

 

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兎が二匹(1~2巻【完結】) / 山うた キャラへの愛着が苦しさを増す 最悪の結末に帰り着く物語

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

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いつもながら、以下ネタバレあります。こちらで1話を含む数話分が読めるようなので、未読の人はぜひ。

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死ぬことができず、生きることに疲れ切っている398歳の「すず」と、彼女を無邪気に愛する青年「サク」の物語。…これだけ書くと、特異なヒロインをヒーローが癒すハートフルな物語のようだが、残念ながらそうではない。幸せや救済といった典型的展開を期待しがちな読み手の心を逆手に取ったかのように、それはもう気持ちの良いぐらい悲しい「結末」から物語が始まる。

1話で衝撃的なエピソードが展開されたのち、2話以降で話は過去に飛ぶ。そこで描かれるのは、すずとサクの出会い、及び、300年以上も昔から繰り返された愛しい人との出会いと別れ。そして8話あたりで再び1話の時間軸に戻り、その先の結末へと話は進む。

こういった、最初に人物の行く末が提示される構成ってとても好きなんです。「こんないい人が後々こんなことになるなんて」といったような、結末を知るが故の思い入れでもって話を楽しむことができる。

特にこの「兎が二匹」は、第1話に提示される顛末がショッキングで、尚且つ、登場するキャラに思い入れを持たせるのが上手い。だから、彼らの過去の日々のすべてが、既に提示されている絶望的な未来に行き着くことが本当に悲しい。

 

短編としてもスゴイ第1話

物語の始まりは、サクが泣きながらすずの首を絞めているシーン。サクは、行動とは裏腹に「死なないで」と言い、息絶えたすずを前に「嫌だ」と叫ぶ…エグくてヤンデレ臭漂う冒頭。しかし、すずは死ねない存在であるから、生き返る。そして、クールな彼女に犬のような無邪気な彼氏がじゃれつく、そんな幸せな一日が始まる…。

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山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p6より.:すずとサク。「お願い死なないでっ…」とのセリフとは裏腹に、全力で首を絞めるサク。穏やかじゃない冒頭。

すずは、自分に愛着を寄せるサクを遠ざけたい。だから、一緒にいたいなら私を殺してと無理な条件を出した。しかし、サクの方も少なからず歪んだ事情を抱えている。彼にははすずしかいないのだ。そしてサクはその条件を受け入れ、毎日彼女を殺す。

そして衝撃的な冒頭から一転して描かれるのが、普通のカップルのような、家族のような穏やかな日常。見え隠れするすずの心の傷。それをやさしく覆うサクの言動。苦しくも、幸せそうな日々。これが、私がこの物語で好きなところ。

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山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p13より.:デート。普通のカップルのよう。上記殺害シーンからわずか6ページでこの呑気さである。幸せと少しの狂気。1話の後、過去編で、さらに二人の日々の様子がたくさん描かれる。そして、物語は悲しみを増す。

この兎と二人では、日々の生活の様子やその中での心情描写が短い中で上手に詰め込まれている。自然と彼らの幸せを願ってしまう。二人の行く末に、最大限の関心を持って物語を読み進められるのだ。劇的なシーンと、静かなシーン。その緩急と、ラストに来る衝撃的な展開に、ガツンとやられる第1話。

 

過去でも繰り返されていた悲しみ

すずとサクの顛末がこの物語の大きな基点ではあるが、すずの過去編の中では「戦争」「原爆投下」がもう一つの「悲しい未来」の基点となる。

サクの以前にも、すずのそばには優しい人がいたことがあった。しかし、時代は戦時中。温かい日常も気持ちも、すべて戦火に巻き込まれてしまうのがわかってしまう。明るい日常が描かれたとしても、すべては悲しい未来にしか行き着かない。

不老不死モノで避けられない「残される」という悲しみ。どうしたって、すずが行き着く先は誰か「死」であり、その「死」には多かれ少なかれ負の感情がまとわりつく。すずは、常に悲しい未来を予想しながら生きている。

悲しい結末を知りながら暖かな日常を過ごす苦しみが、物語の構成そのものによって説得力をもって描かれる。

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 山うた.兎が二匹.第2巻.第6話「廣島の夏2」.p46,47より.:廣島の街。すずだけでなく、関わりのない人々の日常の一コマを切り取る。そして、これらの全てが焼かれることを読み手は知っている。こういった描写が本当にうまい。

 

そして未来

幸せになってほしいような、どうせなら徹底的に後味悪くしてほしいような…そんな気持ちで読み進めていたのだけれど、期待通りのラストでした。甘くない、全くの救いがないわけではない。でもやはり、時を進めて、彼女の苦しみは増す。終わらない。そんな結末。うう苦しい…素晴らしい…

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久々にイイ感じに鬱々とした漫画を読んだ。すずに降りかかっている不幸は天災のようなもので、それはまさに純粋な「悲劇」。

こういう、怖いもの見たさというか、悲しいもの読みたさって何なんだろう…。辛い…でも楽しい…。最高です。次の作品も楽しみ。

 

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新たに読んだ漫画買った漫画【2016年4月】

よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者

 

【完結】

 

 

【単巻】

 

 

【続刊アリ】

 


【雑誌、他】

 

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

 

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新たに読んだ漫画買った漫画【2016年3月】

よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者

 

【完結】


【単巻】


【続刊アリ】


【雑誌、他】

  • 楽園 Le Paradis 第19号
  • モーニング・ツー 2016年5月号 
  • EKiss 2016年4月号
  • EKiss 2016年5月号月刊

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

 

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魔女(1~2集【完結】) / 五十嵐大介 身体の経験と理知の間で

魔女 第1集 (IKKI COMICS)

五十嵐大介の作品について。以前、リトルフォレストについて記事を作った際にも書いたのだけれど、本当に絵が素晴らしい。その事物が纏う「質感」「空気」「雰囲気」といった感覚的なものが画面に満ちている。

撮った写真をトレース・加工すれば、それは間違いなく現実に即した正確な絵が完成する。しかし、ただそれだけの絵には人の解釈の表現が存在しない。そこに映るのは機械のレンズが捉えた客観的な視覚情報だけだ。

五十嵐大介の絵は、ただ写実的なだけではなく、経験や観察や想像によって得られた解釈が表現されているよう。ただの状況説明のための背景ではない。視覚的なものだけでなく、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった身体感覚の全てでもってとらえた世界を、漫画という平面の世界に落とし込んでいる。だから、媒体はただの白黒の紙面なのにも関わらず、海の風景には潮風でざらついた空気が漂い、料理はめちゃくちゃおいしそうなのだ。

そして絵だけでなく、ストーリーも、こうした「経験、感覚、体感、主観、瞬間、原始、アナログ」といった身体的・感覚的な要素と、「知識、言葉、情報、客観、普遍、近代、デジタル」といった理知的・合理的な要素のバランスがテーマとなっているよう。決してどちらが正しいとかいう話ではない。

この「魔女」では、我々の理知では汲み取り切れない世界の存在が、圧倒的な表現力でもって描かれている。2巻で約4つのエピソード。それぞれ異なる時代・異なる場所で、世界と接触する「魔女」達を描いた作品群。

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第1集/第Ⅰ抄「SPINDLE」・第2集/第Ⅲ抄「PETRA GENITALIX」

-世界のありのままを受け入れる「魔女」、切り取る「人間」

「SPINDLE」では、野に生きる少女(魔女)シラルと都市に生きる魔女二コラ、「PETRA GENITALIX」では、村に住む魔女ミラと科学技術や権威としての教会…これら異なるスタンスの登場人物たちの対比によって、「世界のありのままを知る」存在としての「魔女」が描き出されている。これら二つの話で語られる「魔女」には禍々しいイメージはない。むしろ聖女のよう。

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「SPINDLE」で最初に「魔女」として描かれる女性二コラは、魔法の「知識」を完全に会得した存在であった。彼女は、彼女の面子をつぶしたバザールの人々への憎悪を糧に、魔女のメソッドを習得する。そして知識を身に着けた彼女は、復讐のために、バザールへ舞い戻る。

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五十嵐大介.魔女.第1集.第Ⅰ抄「SPINDLE」.p8より.:魔女二コラ。細い線で描かれる女と異形の者。まつ毛も眉毛も瞳も唇も、すべてが美しい…。かざす手に映るは、舞台のイスタンブールにかつて降り立った神々。二コラはそれらを手中に入れたというが…

これに対して描かれるのが、野に生きる遊牧民の少女「シラル」。季節の中で暮らし、世界の声を聴く少女。彼女や、彼女の部族は、世界をどうこうしようとする意図は何もない。ただ、しかるべき時に世界の声を聴き、伝えるだけ。そして、二コラの帰還とほぼ同時に、世界の声に導かれ、このシラルもバザールへ向かう…

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五十嵐大介.魔女.第1集.第Ⅰ抄「SPINDLE」.p19より.:少女シラルと、細やかな模様の織物。アイテムひとつひとつが重厚な世界を作る。この織物の表現を作る過程の描写も神秘的ですごく良い。

 二コラが得たのは、あくまで「知識」でしかなかった。彼女は、誰かが切り出した知識と、自身の憎悪としか向き合ってこなかった。彼女が知識の山から得たものは、あくまで、世界の一部、氷山の一角である。一方でシラルは常に世界に触れている。氷山の一角の下には更にとてつもなく大きな氷があることを、彼女は全身で知っている。

二コラは、世界を操る方法の一部は知ったけれども、その範囲外のことを知ることはできなかった。触れられないものがあるということを知らなかった。だから、その「外」から来た存在、大きな世界を知る存在であるシラルを捉えることができなかった。そして物語は、秘密を残したまま終わる。我々がすべてを知ることはできない。

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「PETRA GENITALIX」で描かれる魔女ミラも、このシラル同様、自然に根を下ろし、自らの五感で持って世界を知る存在。

ある日、船外活動中の宇宙飛行士に、小さな隕石が当たってしまう。ミッションを切り上げ、地球に送還される宇宙飛行士。そして開腹手術によって体内に残った隕石を取り出した瞬間、世界のあらゆるものが腐敗するという、人知を超えた事象が発現してしまう…

ミラ及びその弟子のアリシアは山奥に住居を構えており、麓の街の人間や、教会からは「異端」として迫害されている。近代的な技術や権威を信奉する者からすれば、彼女たちの生き方や考えは異色なのだ。しかし、世界が腐敗するという「人知を超えた」現象に直面したとき、人間の積み上げた知識や権威は、それを把握することができない。そして、世界との対話方法を知る魔女ミラは、「魔女はただ自分のやるべきことを知っている」として、世界を救うための行動に出る…

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五十嵐大介.魔女.第2集.第Ⅲ抄「PETRA GENITALIX.p41より.:動物、風景と、それを見つめる魔女ミラ。自然の中で生き、自らの目で物事を見つめる。世界と、濁りのない眼差し。PETRAGENITALIXは、ミラとアリシアの生活の描写も魅力の一つ。

言葉はあくまで言葉であって、物事そのものではない。色々な情報を仕入れ、本来ならば遠く手が届かないはずの世界の存在を知った気になったとしても、それはあくまで誰かが切り取った写真や、誰かが選んだ言葉の知識が頭の中に入っただけに過ぎない。その情報は、あくまで様々な要素の一部を切り取った象徴であって、その事物の全てを表すことはない。

そうした知識や言葉だけでなくて、全身でもって世界を知覚し、それをもとに自らのすべきことをこなす「魔女」たち。何か大きなものを知っているのに、自分の分限を超えず、日々を丁寧に生きる。高潔で聖なる存在のよう。

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第1集/第Ⅱ抄「KUARUPU」、第2集/第Ⅳ抄「うたぬすびと」

-世界を味方につけた魔女の妖しさと強かさ

この2話で描かれる魔女は、妖しく強い。こちらの方が「魔女」という言葉から連想されるイメージに近いかも。

 先に書いた「SPINDLE」「PETRA GENITALIX」で登場した魔女と大きく違うのは、彼女たちが、自分の感情や欲望に動かされてその力を使うところ。「KUARUPU」は夫や子供を含む一族すべてを殺された憎しみを持つ「クマリ」が、「うたぬすびと」では自身の子供の幸福を願う千足が、それぞれの目的のために世界の秘密を利用する。

特に圧巻なのが「KUARUPU」。経済のための森林開発と、その森に住まう呪術師一族の抗いが描かれている。呪術師最後の一人となったクマリは、重火器や暗視スコープといった近代的な装備を携えた傭兵に問いかける。「視る準備はできている?」このページと、次の見開きはなかなか衝撃的。触れてはいけないものに手を出してしまった。なにか大きなあなぐらに引きずりこまれてしまった。畏怖すべき世界が、亜熱帯の湿った空気感とともに描かれている。

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五十嵐大介.魔女.第1集.第Ⅱ抄「KUARUPU.p68,69より.:「視る準備はできている?」「ようこそ精霊の森へ」…そしてこの次のページの見開きの流れはもう衝撃。1ページ&1ページ&見開きという画面構成に、氏の画力と想像力がフルに発揮される。すごい。血肉と汗、異形、生死…濃密でおどろおどろしい世界。

そして、ストーリーもただ「世界を味方につけた尊い魔女が勝利をしました」というオチではない。われわれの世界では森林開発は進み続けている。呪術師たちや精霊、世界を視る人々はどこへ行ったのだろうか…そんな問いかけを残す。

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人が世界をどのように解釈するのか、どう世界を利用するのか、服従するのか、共生するのか。そして世界は人とどう接するのか…氏の作品では、人間は「世界と対峙する存在」として描かれている。そして、世界のありのままを知覚する存在としての「魔女」。彼女らを通して垣間見える深淵の世界が、著者の画力でこれでもかと描かれる。もう、ちょうかっこいい。

この魔女に限らず、五十嵐作品では、個々別々の社会性とか、細やかな感情の機微だとか、そういった私達の日常に身近なトピックとは違う階層で物語が繰り広げられている。「泣ける」「笑える」「アツい」といったような、「人間ドラマ」的なエンターテイメント性は薄め。これ本当に潔い。これだけ完成された世界が描かれ、登場人物も増えれば、ちょっとくらい笑わしてやろう泣かしてやろうみたいな色気が出そうなものだけれど…まぁそんなことはない。新連載のディザインズもそう。

ブレずに「世界」とヒトを描き続ける。本当に好き。これからもずっと追い続ける作者。

 

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