兎が二匹(1~2巻【完結】) / 山うた キャラへの愛着が苦しさを増す 最悪の結末に帰り着く物語
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いつもながら、以下ネタバレあります。こちらで1話を含む数話分が読めるようなので、未読の人はぜひ。
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死ぬことができず、生きることに疲れ切っている398歳の「すず」と、彼女を無邪気に愛する青年「サク」の物語。…これだけ書くと、特異なヒロインをヒーローが癒すハートフルな物語のようだが、残念ながらそうではない。幸せや救済といった典型的展開を期待しがちな読み手の心を逆手に取ったかのように、それはもう気持ちの良いぐらい悲しい「結末」から物語が始まる。
1話で衝撃的なエピソードが展開されたのち、2話以降で話は過去に飛ぶ。そこで描かれるのは、すずとサクの出会い、及び、300年以上も昔から繰り返された愛しい人との出会いと別れ。そして8話あたりで再び1話の時間軸に戻り、その先の結末へと話は進む。
こういった、最初に人物の行く末が提示される構成ってとても好きなんです。「こんないい人が後々こんなことになるなんて」といったような、結末を知るが故の思い入れでもって話を楽しむことができる。
特にこの「兎が二匹」は、第1話に提示される顛末がショッキングで、尚且つ、登場するキャラに思い入れを持たせるのが上手い。だから、彼らの過去の日々のすべてが、既に提示されている絶望的な未来に行き着くことが本当に悲しい。
短編としてもスゴイ第1話
物語の始まりは、サクが泣きながらすずの首を絞めているシーン。サクは、行動とは裏腹に「死なないで」と言い、息絶えたすずを前に「嫌だ」と叫ぶ…エグくてヤンデレ臭漂う冒頭。しかし、すずは死ねない存在であるから、生き返る。そして、クールな彼女に犬のような無邪気な彼氏がじゃれつく、そんな幸せな一日が始まる…。
山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p6より.:すずとサク。「お願い死なないでっ…」とのセリフとは裏腹に、全力で首を絞めるサク。穏やかじゃない冒頭。
すずは、自分に愛着を寄せるサクを遠ざけたい。だから、一緒にいたいなら私を殺してと無理な条件を出した。しかし、サクの方も少なからず歪んだ事情を抱えている。彼にははすずしかいないのだ。そしてサクはその条件を受け入れ、毎日彼女を殺す。
そして衝撃的な冒頭から一転して描かれるのが、普通のカップルのような、家族のような穏やかな日常。見え隠れするすずの心の傷。それをやさしく覆うサクの言動。苦しくも、幸せそうな日々。これが、私がこの物語で好きなところ。
山うた.兎が二匹.第1巻.第1話「兎が二匹」.p13より.:デート。普通のカップルのよう。上記殺害シーンからわずか6ページでこの呑気さである。幸せと少しの狂気。1話の後、過去編で、さらに二人の日々の様子がたくさん描かれる。そして、物語は悲しみを増す。
この兎と二人では、日々の生活の様子やその中での心情描写が短い中で上手に詰め込まれている。自然と彼らの幸せを願ってしまう。二人の行く末に、最大限の関心を持って物語を読み進められるのだ。劇的なシーンと、静かなシーン。その緩急と、ラストに来る衝撃的な展開に、ガツンとやられる第1話。
過去でも繰り返されていた悲しみ
すずとサクの顛末がこの物語の大きな基点ではあるが、すずの過去編の中では「戦争」「原爆投下」がもう一つの「悲しい未来」の基点となる。
サクの以前にも、すずのそばには優しい人がいたことがあった。しかし、時代は戦時中。温かい日常も気持ちも、すべて戦火に巻き込まれてしまうのがわかってしまう。明るい日常が描かれたとしても、すべては悲しい未来にしか行き着かない。
不老不死モノで避けられない「残される」という悲しみ。どうしたって、すずが行き着く先は誰か「死」であり、その「死」には多かれ少なかれ負の感情がまとわりつく。すずは、常に悲しい未来を予想しながら生きている。
悲しい結末を知りながら暖かな日常を過ごす苦しみが、物語の構成そのものによって説得力をもって描かれる。
山うた.兎が二匹.第2巻.第6話「廣島の夏2」.p46,47より.:廣島の街。すずだけでなく、関わりのない人々の日常の一コマを切り取る。そして、これらの全てが焼かれることを読み手は知っている。こういった描写が本当にうまい。
そして未来
幸せになってほしいような、どうせなら徹底的に後味悪くしてほしいような…そんな気持ちで読み進めていたのだけれど、期待通りのラストでした。甘くない、全くの救いがないわけではない。でもやはり、時を進めて、彼女の苦しみは増す。終わらない。そんな結末。うう苦しい…素晴らしい…
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久々にイイ感じに鬱々とした漫画を読んだ。すずに降りかかっている不幸は天災のようなもので、それはまさに純粋な「悲劇」。
こういう、怖いもの見たさというか、悲しいもの読みたさって何なんだろう…。辛い…でも楽しい…。最高です。次の作品も楽しみ。
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