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マルスのキス/岸虎次郎(単巻【完結】) 綺麗で丁寧なリアル寄りの百合漫画

マルスのキス (PIANISSIMO COMICS)

岸虎次郎は「オトメの帝国」で知ったのだけれど、絵がもう本当に素晴らしい。細すぎず太すぎず美少女過ぎず、でも綺麗。「現実の女子高生」の魅力をリアル寄りのイラストで存分に描き表している。

「オトメの帝国」は、そんな素晴らしいイラストで描かれる、色々な女の子のじゃれあいを楽しむ作品。一方でこの「マルスのキス」は、サービス的なイチャエロはあまりない。一巻丸ごとで、一組の女の子のプラトニックな世界をものすごく丁寧に描いた作品。経験豊富だと思い込んでいた女の子が、奥手な女の子に恋を教えられて、どうしても彼女のことを欲しくなってしまう。そんな話。片思いの心情描写と、キス。

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主人公の由佳里は彼氏とやりまくりの女子高生。経験があることに優越感を感じてすらいる。母親は束縛気味、友達は表面的…煮え切らない毎日を過ごすある日、由佳里は彼女とは正反対の優等生、美希が学校の美術室でマルス像にキスをしているのを偶然見てしまうことから話は始まる。

絵の力が圧倒的

美希のマルスへのキスのシーンは1ページまるまる一コマで描かれているが、光の表現がすごい。夕方の学校、柔らかくも強い逆光の中でのキス。こんなん見ちゃったら、誰だって動揺する。そんな説得力のある光景。

人物表情の描写もいい。だんだんと柔らかくなる二人の表情。そして片思いをする由佳里の戸惑いと悲しみ。「キス」が主題のひとつの漫画だけど、唇だけで色々な感情を語るし、色っぽい。

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岸虎次郎.マルスのキス.第3話より.:美希に彼氏ができた時のゆかりの顔。美少女過ぎない感じがかなりリアル…と思う。この後、1ページ3分割の大ゴマでがっつり描かれる表情の変化が素晴らしい。

そしてもちろん、絵だけでなくて言葉もいい。マルスへのキスを見た・見られたことをきっかけに、二人は仲良くなっていく。教室でおしゃべりしたり、教科書の落書きを見せ合ったり、図書室で恋愛話をしたり。

特に好きなシーンは、由佳里が美希に「あいつ童貞っぽいよね」と教師の悪口を言った後の下り。「…わたしもそうよ?」と答え、人の悪口は言わないほうがいいよと諭す美希。「わたしたちせっかく一緒にいるんだもの 一緒に楽しくなれること話そうよ」

やりまくりギャルの切ない片思い

美希の 恋愛への憧れを語る純粋な姿や、その優しさに触れるなかで、由佳里はだんだん自分の恋愛が汚れていると感じ出す。そして思う。美希もいつか汚れるのか、どうして自分は、美希の恋愛を気にしているのか。

乱暴な肉体関係しか知らない由佳里だから、いつか美希も汚されると思ってしまう。それが耐えられない。自分から離れていくのが悲しい。あの美術室でみたキスが誰かに奪われるのが我慢できない。そうして由佳里がいたった答えはなかなか切ないもの。無力で悪あがきに近い。でもそうせずにはいられない。

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岸虎次郎.マルスのキス.第4話より.:由佳里の悪あがきに驚く、由佳里視点の美希。眼鏡ごしの演出。

この漫画では、都合よく女の子同士が後先考えないでくっついたりしない。非現実的なイチャイチャシーンもない。絵柄もあいまって、現実よりの内容。だから、由佳里の思いは切なさを極める。決してバッドエンドとかではないし、エピローグの二人の仲の良い描写は本当に嬉しくなる。でも、やっぱり由佳里の気持ちを思うと切なさが残る。本当に上質な恋愛漫画

 

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