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となりのロボット(単巻【完結】)/西UKO 詳細な機能の描写が提示する愛

となりのロボット

これ、すごい。読んでて「ほ~~」と感心した百合漫画は初めて。ロボットと人間の女の子の恋物語…なんていうと、そのSF要素はあくまで恋愛を彩るためのアイテム程度の扱いになりそうなものだが、この作品においてはロボット技術についてしっかりと詳細な描写がなされている。わりとガチなSFといっていい。

ロボットの「愛する」という行動と、それを受け取る人間の気持ち。何をもって愛しているというのか、何をもってロボットに気持ちがあるというのか…そんな人工知能技術にまつわる哲学的な問いにも迫りつつあるような作品。

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「ロボット」にまつわる描写が素晴らしい

プラハという女の子の姿をしたロボットが主人公(表紙黒髪の女の子)。彼女はある研究機関で開発中の最新鋭ロボットなのだが、ミソはこの「開発中」というところ。

恋愛漫画にロボットが作品に登場する場合、もうそのロボットはすでに「出来上がっている」ことが多い気がする。そこにいるのは「人間と変わらない身体能力」「物事を合理判断する」「記憶を失くさない」「死なない」といった、開発の「結果」としてのロボット。これらの機能や在り方はあくまで「前提」として説明されたうえで、人との物語展開される。

しかし、この作品は違う。開発の現場が舞台であるために、彼女の身体機能や、意思決定にまつわるプロセスについて、詳細な描写がされるのだ。

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西UKO.となりのロボット.エピソード4-1.p52(左),p53(右)より.:プラハと同じく開発中のロボット「リベレツ」についてのエピソード。一巻完結の恋愛漫画で、足の機能だけでこれだけの説明ゴマを割く。素晴らしい。運動しないと足が悪くなる…ロボットの不具合だけど、起きていることは人間と同じ。

例えば、フロア移動方法の選択と、それがもたらす足への影響。省エネの必要があるという状況判断から、エレベータを使うという意思決定をした結果、膝の駆動部に異常をきたし、メタボのおっさんみたいなことになった…そんな様子が描かれている。機械っぽい合理判断の結果が、人と同じような不具合をもたらす。おもしろい。

ロボットが社会の中に溶け込むために

上記に引用したのは主にロボット単体の行動についての描写だけれど、もちろん、人と対面した際の表情、言葉選び、行動…等、人間とのコミュニケーション機能や、社会への適合プロセスについてもしっかり描かれている。

第1話冒頭は、高校の身体測定のシーン。プラハがロボットであることは周囲に秘密にされているのだが、金属でできた彼女がそのまま体重計に乗ると、人としては重すぎる数値が出てしまう。そこで、プラハは他の女子生徒が自己申告する体重のデータを採集し、その平均値を体重計に表示させることにした。が、女の子たちは体重をごまかす傾向があったために、その平均値をとったプラハはとんでもなく軽い値をたたき出し、結果として周りを驚かせてしまう…。

社会の中で、いかに人間らしく適合していくか。人との関わりを円滑に進めるか。'機械的な'判断だけではうまくいかないことが多い。トライ&エラーを繰り返す。

そして、その学習の中で欠かせない存在となったのが、小さな女の子のチカちゃん。大人よりさらにロジカルでない女の子。柔軟な存在であるチカちゃんが、プラハをより人間しく育てていく。

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西UKO.となりのロボット.エピソード4-1.p57より.:チカちゃんとのふれあいから生まれた笑顔のプロセス…設計的にはエラーだけど、かえってすごく人間っぽくなる様子が描かれている。機能の説明描写の中にあるやわらかな笑顔が印象的。

ロボットと向き合う人間の気持ち

チカちゃんは、プラハに恋をしている。幼少のころからプラハと触れ合っている彼女は、当然、プラハがロボットであることもよく知っている。そして、彼女に向けられる笑顔や、言葉が、'機械的な'判断であることを痛感している。自分はこんなに好きなのに、プラハは機械であるという苦しみ。

正直、こうした「相手はただの機械なのに…」みたいな心情は、他のロボットモノでもよく描かれているものだと思う。でも、この漫画においては、そのロボットの判断行動プロセスの描写が緻密だから、その悩みも折り合いのつけ方も、説得力が段違いなのだ。

 プラハにとって、チカちゃんは明らかに特別な存在。チカちゃんが笑うために自分も笑う。プラハの認識するチカちゃんには、他の人間と区別されて「チカちゃん」というタグがつけられている。プラハは、データを失くさない。チカちゃんのタグをつけたデータの保存を最優先している。彼女と会えない間も、彼女のデータを蓄えるための容量を空けて待っている。

 フィードバック反応、タグ付け、データの保存…これら、すべて'機械的な'動作だけれど…言い換えれば、誰かのために笑って、誰かを特別と認識して、その記憶を大切にしているのだ。これを、どう受け取ったらよいのだろうか。

問いかけはいつだって、機械側ではなくて、人間側に与えられているよう。どれだけハイスペックな機械を開発したとして、それを隣人として認める・認めないを判断をするのは人間だ。脚の潤滑油に不具合が発生するロボットと、運動不足で膝が悪くなる人間との違いは。電気的なプログラムで事象を記録するロボットと、シナプスの電気信号で思い出を記憶する人間との違いは。そして、こうした差異は、どのようにそのロボットを否定(or肯定)する材料たりうるのだろう。

この物語のラストは暖か。ロボットなりの「好き」と、人間なりの「好き」とが寄り添う結末が描かれている。人間は歳をとるし、ロボットだって変化をする。自らが作り出したものを、他者として肯定する。精緻な描写があったからこそ成しえる、人と技術の恋の可能性の提示。

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長期連載でない1巻完結の恋愛モノで、ここまで「ロボット」の説明描写に逃げを打たず真向から描くなんて。SFであるのだけれど、その開発過程が描かれているせいか、現実と地続きのような世界観になっているのもいい。夢のようなSFと、現在との中間に位置するような恋愛漫画。すごい。

 

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