漫画のメモ帳

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こんちゅう稼業・虫けら様(単巻【完結】)/秋山 亜由子 小さいものを愛でるやさしい視線

こんちゅう稼業虫けら様

著者の秋山亜由子氏はガロ出身の漫画家。寡作の作家。90年代のデビューながら、今出ている漫画は「虫けら様」「こんちゅう稼業」の2冊のみ(多分)。そのタイトルからわかるように、漫画作品の主な題材は「虫」…といってもこれらは観察漫画ではない。

虫をキャラ化してその生態をストーリー仕立てで描いたり、虫と人とのおとぎ話のような関わりを描いたり。著者の虫は、人のように喋るし笑うし泣く。その姿がすごく愛らしいのだ。また、虫の他にも、仙人、幽霊、鳥、ツクモ神等々、幻想的な題材が続々と登場。口承民話や、日本昔話のような、土臭くあたたかな雰囲気がある。

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秋山亜由子.こんちゅう稼業.p189より.:一枚絵。お面売りの虫。虫が虫の面を売ってる…!鳥獣戯画のような愛らしさがある。おとぎ話のような世界観。

ああかわいい…

こんちゅう稼業、虫けら様は両方ともオムニバス作品。どの作品も甲乙つけがたくて本当に全部好きなのだけれど、最初に心惹かれたのは「瓢箪虫」。単行本虫けら様の最初に収録されている作品。

ある日、法師は庭先のヒョウタンの木に大きな実がなっていることに気づく。喜んだ法師は、収穫の日を楽しみにしていたのだけれど、いつの間にか虫に食われて大きな穴が空いてしまう。悲しむ法師…しかし虫はせっせと穴を掘り進め、ついに自分の住居としてしまう。これには法師も驚く。また、虫は虫で法師に申しわけない気持ちがあるようで、どんぐりで作った小さな器をそっと法師に差し出す。そして、人と虫との間でふしぎなやり取りが始まる…

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秋山亜由子.虫けら様.「瓢箪虫」.p8より.:虫の暮らしの様子。このような緻密な画面が魅力の一つ。丁寧に描きこまれる虫と、その暮らし…ああかわいい…。虫を愛しているのがひしひしと伝わる。

小さな虫、小さな住処、それを見つめる法師。すべてが丁寧に、緻密に描かれている。これらの様子がもう愛らしくてたまらない。「かわいい」というか、「いとをかし」な感じの世界。扱う題材もあいまって、全体的にすごく品がある。

魅力は何かを細かに見つめる眼差し

イラストの緻密さや描かれる虫のかわいさに、小さなものをじっくりと愛でる目線をひしひしと感じる。対象を丁寧に見つめて、書きとめて、物語を与えて…そうした活動の結晶のような一冊。

そしてもちろん、見た目がかわいいだけでなくて、深みのあるストーリー展開も見もの。虫を面白おかしく動かしているだけでない。小さな者たちの営みに、生や死、諸行無常、輪廻転生といったような、普段意識しないながらも心のどこかにある柔らかな信仰のようなものを織り交ぜてくる(先に挙げた「瓢箪虫」のエピソードも、生死の回転がガッツリ絡んだ話になっている)。人と、そのすぐ隣にいる小さなカミサマ達の世界。

「今まで生きよう生きようとしてきましたからね そういうのは癖になっちゃうんです」「そんなに生きようとしていたんですかね」「そうです たとえ意識することが出来なくとも、それが生命の持つ絶対の意思なのです」~略~「でも何もかも消えてなくなるわけじゃない 持っていかれるものもあります」

秋山亜由子.こんちゅう稼業.「四十九日」.p136より.:朝顔のツタの上でやり取りされる幽霊の会話

上に引用した言葉は、死んで幽霊になった人間達の会話。虫という、人よりも早いサイクルで命を回す生き物を見つめている著者。何か、人も含めた生き物全体の生死を巡る営みにまつわる視線を持っているよう。

だからといって、決してなにか宗教色が強かったり、お説教があるわけではない。ありありと、命の営みを描いている。ひたすら静かで丁寧。

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こうした丁寧な作品って、いつ読んでもすごく穏やかな気分になれる。最初に読んだのはもう何年も前のことだけれども、繰り返し読んでも飽きもしない。むしろ、その著者の視線や思いがジワジワ染み込んでくるようで、歳を追うごとに面白く感じるようになっている気がする。手放せない漫画。

 

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