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二宮ひかる/シュガーはお年頃(1~3巻【完結】) 私の想うあなたが語りたいことが全ての真実

シュガーはお年頃 3 (ヤングキングコミックス)

ほんとうの気持ちなんて 本人にだってわからない その時その状況によっても変わるじゃない? 刻一刻と変わるそれを アサミはていねいに伝えてくれた 断られたって差し出しただろうわたしのそれを わざわざ手を伸ばして取りに来てくれた 初めてだったんだあんな事… あんな子… はじめて… それはまるで 運命の恋人に出会ったかのような…

二宮ひかる.シュガーはお年頃.3巻.第17話「初恋」より

女子高生のハタナカとアサミ2人の物語。二宮ひかるの他の作品同様、セックスや繊細な心情描写が多めで、思春期の青臭くどろっとした雰囲気がある。百合ものともいえるが、二人がいちゃついたり、桃色の恋心でウキウキしちゃうような展開は無い。

肝は「相手を想い、受け入れ、信じること」…これは綺麗事ではない。おおよそ高校生には似つかわしくない、友情や恋や百合のどれにも当てはまらないような、執念と思い込みのようなものがそこにはある。それでも最後は切なくて、不思議とすがすがしさも感じる。何回読み返しても「すごいものを読んだなぁ」と思う。

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主人公のハタナカケイコは、ややがさつな女子高生。昼食を一緒に食べ、一緒にトイレに行き…そんな女子集団のお作法にどこかうまくついていけず、窮屈さを感じている。そんな彼女の将来の夢は「娼婦になること」(男性経験もなく、痴漢にあって腰を抜かすような普通の子なのだが…)。これは、自分が女として劣っているという劣等感から生じた「求めてくれる誰かがいないと何物にもなれない」という寂しさゆえの結論。せめて体だけは必要とされて…なんてことを思っている。作品のテーマのひとつは、このハタナカの寂しさの解消。

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二宮ひかる.シュガーはお年頃.2巻.第12話「どうして」より.:子のストーリーの核の1つ。寂しさの原因。これにたどり着くことすら最初はできなかったハタナカ。

もう一人の主人公、アサミツバキ。群れない孤高の美少女。黒髪ストレートの優等生風の容貌だけれど、「中学生時代に売春していて、今も頼めばヤラせてくれる」なんて噂が流れている。そして、この噂は少なからず嘘ではない…。本当に売春をしていた?どんな闇を抱えている?アサミの過去や真意の謎も、作品の重要な鍵。

ある日、ハタナカは些細なことで女子集団からハブられてしまったことをきっかけに、図書室に一人たたずむアサミに声をかける。ハタナカも、噂話をする周囲の人間同様、好奇心からアサミの真実を知りたいと思う。けれど、まっすぐで優しくい彼女だから、結局「アサミがいやなら」と詮索はしない。彼女の噂話や悪口には加わらないし、悪目立ちしている彼女と一緒にいることを厭わない。「娼婦になりたい」なんて突飛な思いもアサミには伝えちゃう。そうして二人は仲良くなっていく。

明確に描かれる二人のギャップ…アサミの闇がより深く見える

ハタナカは大変わかりやすい人物。行動や気持ちに嘘がない。家族に大切にされ、清潔な服を纏い、母親手作りのおいしい料理を毎日食べて育った彼女。体を売ることのリスクも理解せず「娼婦になりたい」なんて言ってしまう…育ちのいいお嬢さんなのだ。

一方でアサミ。彼女の過去や真意は、後半の怒涛の展開や、ラストを紐解くためにはぜひ知りたい内容なのだけれども、アサミはなかなか「事実」を語ってくれない。作中の言葉を借りれば、彼女は「事実を捻じ曲げ、自分の信じたいことを真実とする。」

そして、彼女の育ちはハタナカとは反対。中学生のうちから金を取るセックスをし、ヤバめの男と関わりを持っている。家は貧乏。荒れた地元を抜け出したくて、何らかの手口を使って遠くの高校まで来た。彼女視点のパートもあるけれど、それでも彼女のことをつかみきれない…事実を捻じ曲げているから、彼女の語りがどこまで真実かはっきりしない分部があるのだ。

心を通わせたけれど

自分のことを「特別」と言ってくれるアサミとの日々の中で、ハタナカの寂しさは消えていく。誰からも必要とされないとの思いに端を発した「娼婦になりたい」という思いは、アサミによって取り除かれた。

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二宮ひかる.シュガーはお年頃.2巻.第12話「どうして」より.:誰かに選ばれることの喜びに足取りも軽いハタナカ。明るい夜道と軽い足取りの良い描写…だけどここからが本番。

ここでめでたしめでたし…ではない。

ある日突然、アサミは姿を消してしまう。どうやらヤバめの男が絡んでいるらしいが、それがアサミ自らの意思なのか、事故なのかすら誰もわからない。自分を選んでくれた人が消えた、しかも理由や真実が何もわからない。

「見つけてもらえた」者が突然に「見つけてくれた人」を失う、その時の、思い、導き出す答え…それが私が思うこの作品の「すごい」と思ったところ。

あなたが私に語ることが真実

色々な人が、色々なことを言う。自分が知らないアサミのことが、他人の口から語られる。何が真実かわからない(読者だって、その描写に翻弄されて、どこからどこまで過去の事実なのかただの妄想なのか願望なのか全くわからない…)。

ハタナカは悩み、傷つき、迷い、頭のなかがぐじゃぐじゃになる。そうしてそのぐじゃぐじゃがピークになったとき、吹っ切れたように思う。「誰に聞いても、本当のことなんて話からない。ほかの人が語る事実がアサミにとっての本当かはわからない」

他人の人が語る確からしい過去より、アサミの語る本当こそが真実と言い切るのだ。完全な肯定。事実を捻じ曲げるアサミ。でもそんな彼女が正直で、大好きだというハタナカ。実際にあったことか否かは問題ではない。アサミにとっての本当が、ハタナカにとっての真実。

嵐のような事実と噂の中でも消えない、盲信ともいえるほどの強い思い。決して、ハタナカは病んだり、正気を失っているわけではない。途中、迷ったりはしたものの、ここに至った彼女はの姿は強くて真っ当に見える。育ちの良い健全な女子高生という一般人に、このような妄信的な強い思いを持たせる展開を、説得力を伴って描けるのって結構すごい。

ハタナカ「アサミ!何を 何を…言いに来たの!?」「お願いアサミ お願い…見えなくなる前に」

アサミ「ばいばいハタナカ またね! 愛してるよっ!」

二宮ひかる.シュガーはお年頃.3巻.第18話「私を月までつれてって」より

アサミの言うことが、ハタナカにとってはゆるぎない真実。だから、ラストの幽霊か妄想かわからない、アサミの言葉だって、彼女にとっては紛れもない真実なのだ。

また、ハタナカは、15ページにわたってアサミがある日ひょっこり帰ってきて、二人一緒に大人になる妄想をする。妄想の中のアサミは若くして子供を産んで、落ち着いたらまた大学に通ったり海外に行ったりしてハタナカを驚かせる。「そうやってきみは いつもわたしの半歩先を歩いて わたしを蹴飛ばし進ませて」…そしてこの妄想のアサミに蹴飛ばされるようにして、ハタナカは進路を変える。頭の中のアサミだって、彼女にとっては真実なのだ。

事実だって超える

アサミは死んでしまったのか否かはわからない…が、死んでしまっているように私は思う。アサミが失踪した回の扉は彼岸花。アサミと姿を消したヤバい男だけが見つかった回の扉絵のアサミは死体のよう、いつもきちんとしていたリボンが乱れ髪が顔にかかって横たわっている。そしてハタナカの夢。描かれる情景はまるであの世、死んでないよ、ほら足もあるとスカートをめくるアサミの足は見えない…

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二宮ひかる.シュガーはお年頃.2巻.第12話「どうして」/二宮ひかる.シュガーはお年頃.3巻.第17話「初恋」

アサミが本当に死んでいるか否かはやはり実際のところわからない。ただ、ハタナカにとってはアサミの言うことが真実、もうただそれだけなのだ。ただ、ここにいないという事実を噛みしめるだけ。噂も何も関係ない。現実に起こった事象を超えて、自分が認識したことだけが真実となること。観測することで事象が固定される…なんてSFでよくあるけれど、ハタナカは恋の力でもって、自己の中でそれを実現しているのだ。

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手放しでハッピーエンドといえないし、けっこう読み手は突き放された感もある展開。けれど、選んでくれた者同士の強力な結びつきや、それに救われるハタナカの姿には確かに幸せを感じるし、二人がそれだけ思い合っているのがただただうれしい。思いの強さに圧倒される作品。

 

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