漫画のメモ帳

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雁須磨子/こくごの時間(単巻【完結】) 多感な時期に同じ物語を共有すること

こくごの時間 (A.L.C.DXもっと!)

…そうだ 新幹線だ

18で のぞみで 窓の向こうがヒュンヒュンとこえて行くのを見た時に はじめて具体的にそれがわかったような気がしたんだったな

「…不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸はれし十五の心」

……キレイだな キレイな言葉だな

(こくごの時間.1時間目「十五の心」石川啄木より)

メインヒロインの朝子はカフェの経営者。実家に帰って荷物を整理していたときに偶然見つけた国語の教科書に、ふと中学時代を思い出す。他人の噂に熱心な先輩や同級生、思春期独特の自尊心、好きなものを好きと言えない自分。何となく窮屈な日々の中、国語の時間に扱った啄木の詩が描く美しく広い空に心奪われた記憶が鮮やかに蘇る。

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本作は、教科書に載っているストーリーを題材としたオムニバス形式の作品。朝子が「お店に置いたらウケないかな?」と教科書をカフェに並べてみたことをきかっけに、そこを訪れた人々の「こくごの時間」の記憶を呼び起こす。ストーリー1つについて1話、主人公を変えつつ話が展開される。ちなみに扱われるお話は下記の通り。

「十五の心」「クマの子ウーフ」「走れメロス」「夕焼け」「言葉の力」「小僧の神様」「山月記」「少年の日の思い出」

多くの人が同じ物語を知っている

作中でも、「なつかしい」「男が虎になるやつ」「詩はかぷかぷだろ」なんて会話が繰り広げられるが、こうして多くの人が同じ物語を共有しているのって結構すごいことのような気がする。私も例にもれず、「クマの子ウーフ」なんて聞くとああ~懐かしい…!と思ってしまう。社会人になった今からすると、中学高校時代なんて大昔の話だし、作品の詳細までは思い出せないけれど、不思議とその面白さや読んだ時の色々な気持ちは思い出せる。

今考えれば、短編の物語をあれだけ読み込むこともそうそうない。ただ繰り返し読むだけでなく、クラスの数十人と一緒に、ひと段落ひと段落丁寧に読む。声に出して読む。感想文を書く。時に意見を発表する。それだけガッツリ物語に向かい合うのだから、みんなの共通項になりえる。国語の教科書って、多くの人が興味を持てる題材なのだ。

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雁須磨子.こくごの時間.1時間目「十五の心」石川啄木より.:啄木の空と、教科書の記憶。白黒だけれどさわやかな空色が感じられる〆のページ。

余談だが、私が一番記憶に残っているのが「夏の葬列」。あまりの後味の悪さに、普段国語なんて興味なさそうにしていた派手なヤンチャ系男子ですら神妙な顔になっていたのをよく覚えている。

 人々に寄り添う物語たち

文学を扱う漫画等でたまにあるのが、その作品に詳しいキャラクターが薀蓄を語ったり、主人公等が驚異の読解力で周囲を関心させたりする描写。もちろんそういう知識や驚きに魅力を感じる作品もあるけれど、この作品ではひとまずそういった展開は無い。登場するのは国語への興味はそこそこの「普通のひと」。教科書の作品がもたらした、自由さ、美しさ、後悔、羞恥、尊敬、苛立ち…等々、単語だけで表すのは難しい細やかな情景や感情を、それぞれの登場人物の日常と交差させて描く。

個人的に笑ったのは「クマの子ウーフ」を扱った作品。「クマの子ウーフ」には「ウーフはウーフだよ」というメッセージがあるけど、そういった素敵な言葉だけを取り上げているわけではない。

ちょいエロ漫画の女性編集者・三好さんが主人公の本編にてキーとなるのは「おしっこ」。ウーフが友だちにだまされ、自分が「おしっこ」でできていると思いこむ下りがあるのだけれど、そこの部分を音読することになった時の羞恥心がカギ。三好さん曰く「子供の女にはかなりのハードルですよ「おしっこ」は」とのこと、ここは読みたくない、音読あたるな…なんて気持ち、すごいわかる。この「羞恥」を軸に話が繰り広げられる。

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雁須磨子/国語の時間.2時間目「くまの子ウーフ」作=神沢利子.絵=井上洋介より.:羞恥の描写。「なにも恥ずかしくないのよ」と言わんばかりの先生の顔。んなわけない、恥ずかしさで真っ赤な小学生の三好さん。きっと、今もどこかの小学校で繰り広げられているだろう一コマ。

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 教科書を題材にした7話と、あの蝶のエーミールが出てくる「少年の日の思い出」を漫画化した1話、計8話の盛りだくさんな単行本。教科書のお話がそれぞれ彩ゆたかなように、8話どれもそれぞれ異なった感情を描いて本当に飽きない。Kindleで買ったけど、これは紙でも買って、教科書と並べて読みたいな。

今月買った漫画で今のところ一番好き。教科書の作品はまだまだあるのだから、ぜひこの「こくごの時間」についても続編を期待する。

 

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