漫画のメモ帳

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潔く柔く/いくえみ綾(1~13巻【完結】) 死んで感動の恋愛話…だけじゃない

潔く柔く 1 (マーガレットコミックス)

2004年に連載開始し2009年に完結した潔く柔く、今になって全巻一気に読んだのだけれど、1巻を読んだときふと思い出した。自分この漫画10年前に1巻を読んだことがあった。学校の友達が面白いよ~と貸してくれたのだ。そして、当時の自分はこう思って2巻以降を読まなかった。「キャラが死んで切ないとかって…反則」

そりゃ悲しいし切ないけど…

主人公の女子高生カンナと幼馴染のハルタハルタはカンナを思っている。カンナもキスは許すけど、二人は付き合っているわけではない。カンナがハルタへの感情を捉えきれずあやふやな関係が続くある日、ハルタは事故死してしまう。自転車に乗りながらカンナへ「行くよ」とメールを打っていて、トラックに跳ねられてしまった。カンナの様子は痛々しいし、もうどうやっても気持ちに答えられないっていう切なさもある。

でもこの展開、なんかずるいと思ってしまった。善良な高校生の恋愛劇の中だったらメインキャラのだれが死んだって悲しい。ハルタじゃなくてもいい。100ページ程度という短いストーリーで、セリフや心情描写の積み重ねも限られている中、「突然の死」という強力なチートアイテムでもって感動を投げつけられた気分になってしまったのだ。

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いくえみ綾.潔く柔く.第1巻.ACT2より.:感情をあらわにするカンナと、それにつられて後悔やら悲しさやらで涙ぐむ仲間…泣き所のシーン…か???綺麗だけれど、当時はいまいちピンと来なかったシーン。

それで終わらなかった。13巻も続いてた。

本作はオムニバス形式の作品で、それぞれ主人公を変えて様々な恋愛ストーリーが展開される。1巻も前半は違う時代の別の人物の話だった。カンナの話も「ハルタが死んで悲しい、僕らの明日はどうなるんだろう」というところで一区切りがついていた。これでおしまいだと思った。でも、そうではなかった。

その後もオムニバス形式で色々な人物が主人公となるが、彼らはどこかでカンナたちと関わりがある。彼らの視点でカンナやハルタのことが語られたり、時々カンナ達自身も出てきたりする。そして、そこでは彼女が苦しみ続けているのが描かれている。

そしてもう一人の主人公、赤沢禄。彼も同級生の女の子・希実を事故でなくしている。事故はまだ小学生低学年のころの話だった。でも当然後悔がある、ずっと引きずる。

このカンナサイドと禄サイドのストーリーが、いろいろな登場人物を介して交差する。出会う人や言葉、時間の経過…そういう流れの中変わっていくもの、それでも忘れられないものが描かれていく。

「その後」を丁寧に書いている

登場人物の死が題材として扱われる際、深く心通わした仲間や恋人が消えるとか、いい感じのオヤジが大義のために男らしく消えるとか…まぁ色々あると思うが、死は「これまでの積み重ね」が感じられてこそ納得できる展開となることが多いように思う。しかし潔く柔くは、こうした「これまで」はなくて「その後」の物語であった。だから1巻読むだけではダメだった。

カンナは、ずっとハルタのことを引きずっている。それは、単に彼のことを「好き」だったからではない。上で「カンナがハルタへの感情を捉えきれず」と書いたが、更に読み進めるとカンナはずっと自覚的であったことがわかる。

彼女は、ハルタが自分に好意を向けていてくれることを自覚している。そして、彼女もずっと一緒にいたハルタのことが好きだった一方で、その「好き」がハルタの「好き」とは少し違うことにも気づいていた。気づいていたけど、気づいていないふりをして、ずっと近くにいてくれることに甘えて、あやふやな状態にしていた。大好きな彼を傷つけたり、今の状態を壊したりしたくはなかった。

しかし、そんな風に彼と真摯に向き合うことをしない状態のまま、突然別れが来てしまった。そうして、好きになれなくてごめん、向き合わなくてごめん…そんな罪悪感のようなものが彼女に強く残った。答えが出てるのに、答えなかった。彼の気持ちを知りつつ、現状に甘んじて生殺しのような扱いをしていた。そんな自分の曖昧な態度が彼を殺してしまったのかもしれない。単純に、好きだった人が死んで忘れられないということではない。だから、彼女には、同じ罪悪感を抱える禄との出会いが必要だった。

そういや禄編ではドーナツがキーアイテムとして出るけれど、1巻表紙のカンナもドーナツ食べてる。禄が出てくるのは5巻と割と後になってからだけど、はじめから織り込み済みだったのかな。オムニバス形式ではあるけれど、ゆっくり丁寧に長期連載で描くことを前提とした構成、大御所の力量あってこそ。

オムニバス一本一本も面白い

恋愛ストーリーに関しては安定の面白さ。少しキレイすぎる感じもあるけれど、少女漫画だからいいのです。むしろもっとやって。憧れ。特に好きなエピソードはハルタの従兄・清正と一恵の話。一恵はハルタが好きで、彼を主人公に漫画を描いちゃう。カンナの立ち位置に自分を投影した話を描いちゃう。カワイイ。美男美女のイケテル恋愛話とちょっと違った味がある(まぁ現実的な視点で言えば一恵も普通にイケテル部類の子なのですが)

そしてなにより、この一恵と清正が人としてすごくやさしいのだ。カンナがハルタの思い出を求めて清正の家を訪ねる際、二人は他にも人を呼んでしまうのだけれど、そのあとでこう思う。「3人で会えばよかった。3人で。ハルタの思い出話をいっぱいしてあげればよかった。失敗した。大失敗だ。」この後、3人で遊園地に行く流れはとてもいい。思いやる気持ちがやさしい。恋愛だけでない、綺麗な話。

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いくえみ綾.潔く柔く.第4巻.ACT5より.:漫画を描いていたことを告白する一恵と喜ぶカンナ。溢れるセリフと木漏れ日のなかでほころぶカンナの表情。心からの笑顔でハルタの名前を口に出せた。清正と一恵の優しさとカンナの悲しさが柔らかく描かれた綺麗なページ。そしてこの後の観覧車のシーンは前半のヤマ場。

落としどこもいい

結局、カンナと禄が出会って…ってところが終着点ではあるのだけれど、オチの肝は12巻、希実の姉(愛実)とその娘(睦実)の話。死んでしまった希実に似ている睦実。当然、希実の代わりではないのだけれど、その面影には忘れられないものがあるし、これから生きていく者にとっての希望そのもの。

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全体的には恋愛少女漫画だから割とライトっぽい印象はある。でも、恋愛を超えた生死とその罪悪感の解消というところにヤマを持ってくるあたり、死を扱っていながらも単純なお涙頂戴的なラブストーリーには収まっていなっていないと思う。それでやっぱりハッピーエンドなのがいい。みんなお幸せにと切に思える漫画。

 

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