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春原書留所

普通の会社員が書く漫画アニメの感想・解説ブログ。基本完全ネタばれです。安月給なのに漫画買いすぎて毎月金欠。

となりのロボット(単巻【完結】)/西UKO 詳細な機能の描写が提示する愛

漫画 ★★★★

となりのロボット

これ、すごい。読んでて「ほ~~」と感心した百合漫画は初めて。ロボットと人間の女の子の恋物語…なんていうと、そのSF要素はあくまで恋愛を彩るためのアイテム程度の扱いになりそうなものだが、この作品においてはロボット技術についてしっかりと詳細な描写がなされている。わりとガチなSFといっていい。

ロボットの「愛する」という行動と、それを受け取る人間の気持ち。何をもって愛しているというのか、何をもってロボットに気持ちがあるというのか…そんな人工知能技術にまつわる哲学的な問いにも迫りつつあるような作品。

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「ロボット」にまつわる描写が素晴らしい

プラハという女の子の姿をしたロボットが主人公(表紙黒髪の女の子)。彼女はある研究機関で開発中の最新鋭ロボットなのだが、ミソはこの「開発中」というところ。

恋愛漫画にロボットが作品に登場する場合、もうそのロボットはすでに「出来上がっている」ことが多い気がする。そこにいるのは「人間と変わらない身体能力」「物事を合理判断する」「記憶を失くさない」「死なない」といった、開発の「結果」としてのロボット。これらの機能や在り方はあくまで「前提」として説明されたうえで、人との物語展開される。

しかし、この作品は違う。開発の現場が舞台であるために、彼女の身体機能や、意思決定にまつわるプロセスについて、詳細な描写がされるのだ。

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西UKO.となりのロボット.エピソード4-1.p52(左),p53(右)より.:プラハと同じく開発中のロボット「リベレツ」についてのエピソード。一巻完結の恋愛漫画で、足の機能だけでこれだけの説明ゴマを割く。素晴らしい。運動しないと足が悪くなる…ロボットの不具合だけど、起きていることは人間と同じ。

例えば、フロア移動方法の選択と、それがもたらす足への影響。省エネの必要があるという状況判断から、エレベータを使うという意思決定をした結果、膝の駆動部に異常をきたし、メタボのおっさんみたいなことになった…そんな様子が描かれている。機械っぽい合理判断の結果が、人と同じような不具合をもたらす。おもしろい。

ロボットが社会の中に溶け込むために

上記に引用したのは主にロボット単体の行動についての描写だけれど、もちろん、人と対面した際の表情、言葉選び、行動…等、人間とのコミュニケーション機能や、社会への適合プロセスについてもしっかり描かれている。

第1話冒頭は、高校の身体測定のシーン。プラハがロボットであることは周囲に秘密にされているのだが、金属でできた彼女がそのまま体重計に乗ると、人としては重すぎる数値が出てしまう。そこで、プラハは他の女子生徒が自己申告する体重のデータを採集し、その平均値を体重計に表示させることにした。が、女の子たちは体重をごまかす傾向があったために、その平均値をとったプラハはとんでもなく軽い値をたたき出し、結果として周りを驚かせてしまう…。

社会の中で、いかに人間らしく適合していくか。人との関わりを円滑に進めるか。'機械的な'判断だけではうまくいかないことが多い。トライ&エラーを繰り返す。

そして、その学習の中で欠かせない存在となったのが、小さな女の子のチカちゃん。大人よりさらにロジカルでない女の子。柔軟な存在であるチカちゃんが、プラハをより人間しく育てていく。

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西UKO.となりのロボット.エピソード4-1.p57より.:チカちゃんとのふれあいから生まれた笑顔のプロセス…設計的にはエラーだけど、かえってすごく人間っぽくなる様子が描かれている。機能の説明描写の中にあるやわらかな笑顔が印象的。

ロボットと向き合う人間の気持ち

チカちゃんは、プラハに恋をしている。幼少のころからプラハと触れ合っている彼女は、当然、プラハがロボットであることもよく知っている。そして、彼女に向けられる笑顔や、言葉が、'機械的な'判断であることを痛感している。自分はこんなに好きなのに、プラハは機械であるという苦しみ。

正直、こうした「相手はただの機械なのに…」みたいな心情は、他のロボットモノでもよく描かれているものだと思う。でも、この漫画においては、そのロボットの判断行動プロセスの描写が緻密だから、その悩みも折り合いのつけ方も、説得力が段違いなのだ。

 プラハにとって、チカちゃんは明らかに特別な存在。チカちゃんが笑うために自分も笑う。プラハの認識するチカちゃんには、他の人間と区別されて「チカちゃん」というタグがつけられている。プラハは、データを失くさない。チカちゃんのタグをつけたデータの保存を最優先している。彼女と会えない間も、彼女のデータを蓄えるための容量を空けて待っている。

 フィードバック反応、タグ付け、データの保存…これら、すべて'機械的な'動作だけれど…言い換えれば、誰かのために笑って、誰かを特別と認識して、その記憶を大切にしているのだ。これを、どう受け取ったらよいのだろうか。

問いかけはいつだって、機械側ではなくて、人間側に与えられているよう。どれだけハイスペックな機械を開発したとして、それを隣人として認める・認めないを判断をするのは人間だ。脚の潤滑油に不具合が発生するロボットと、運動不足で膝が悪くなる人間との違いは。電気的なプログラムで事象を記録するロボットと、シナプスの電気信号で思い出を記憶する人間との違いは。そして、こうした差異は、どのようにそのロボットを否定(or肯定)する材料たりうるのだろう。

この物語のラストは暖か。ロボットなりの「好き」と、人間なりの「好き」とが寄り添う結末が描かれている。人間は歳をとるし、ロボットだって変化をする。自らが作り出したものを、他者として肯定する。精緻な描写があったからこそ成しえる、人と技術の恋の可能性の提示。

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長期連載でない1巻完結の恋愛モノで、ここまで「ロボット」の説明描写に逃げを打たず真向から描くなんて。SFであるのだけれど、その開発過程が描かれているせいか、現実と地続きのような世界観になっているのもいい。夢のようなSFと、現在との中間に位置するような恋愛漫画。すごい。

 

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こんちゅう稼業・虫けら様(単巻【完結】)/秋山 亜由子 小さいものを愛でるやさしい視線

漫画 ★★★★★

こんちゅう稼業虫けら様

著者の秋山亜由子氏はガロ出身の漫画家。寡作の作家。90年代のデビューながら、今出ている漫画は「虫けら様」「こんちゅう稼業」の2冊のみ(多分)。そのタイトルからわかるように、漫画作品の主な題材は「虫」…といってもこれらは観察漫画ではない。

虫をキャラ化してその生態をストーリー仕立てで描いたり、虫と人とのおとぎ話のような関わりを描いたり。著者の虫は、人のように喋るし笑うし泣く。その姿がすごく愛らしいのだ。また、虫の他にも、仙人、幽霊、鳥、ツクモ神等々、幻想的な題材が続々と登場。口承民話や、日本昔話のような、土臭くあたたかな雰囲気がある。

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秋山亜由子.こんちゅう稼業.p189より.:一枚絵。お面売りの虫。虫が虫の面を売ってる…!鳥獣戯画のような愛らしさがある。おとぎ話のような世界観。

ああかわいい…

こんちゅう稼業、虫けら様は両方ともオムニバス作品。どの作品も甲乙つけがたくて本当に全部好きなのだけれど、最初に心惹かれたのは「瓢箪虫」。単行本虫けら様の最初に収録されている作品。

ある日、法師は庭先のヒョウタンの木に大きな実がなっていることに気づく。喜んだ法師は、収穫の日を楽しみにしていたのだけれど、いつの間にか虫に食われて大きな穴が空いてしまう。悲しむ法師…しかし虫はせっせと穴を掘り進め、ついに自分の住居としてしまう。これには法師も驚く。また、虫は虫で法師に申しわけない気持ちがあるようで、どんぐりで作った小さな器をそっと法師に差し出す。そして、人と虫との間でふしぎなやり取りが始まる…

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秋山亜由子.虫けら様.「瓢箪虫」.p8より.:虫の暮らしの様子。このような緻密な画面が魅力の一つ。丁寧に描きこまれる虫と、その暮らし…ああかわいい…。虫を愛しているのがひしひしと伝わる。

小さな虫、小さな住処、それを見つめる法師。すべてが丁寧に、緻密に描かれている。これらの様子がもう愛らしくてたまらない。「かわいい」というか、「いとをかし」な感じの世界。扱う題材もあいまって、全体的にすごく品がある。

魅力は何かを細かに見つめる眼差し

イラストの緻密さや描かれる虫のかわいさに、小さなものをじっくりと愛でる目線をひしひしと感じる。対象を丁寧に見つめて、書きとめて、物語を与えて…そうした活動の結晶のような一冊。

そしてもちろん、見た目がかわいいだけでなくて、深みのあるストーリー展開も見もの。虫を面白おかしく動かしているだけでない。小さな者たちの営みに、生や死、諸行無常、輪廻転生といったような、普段意識しないながらも心のどこかにある柔らかな信仰のようなものを織り交ぜてくる(先に挙げた「瓢箪虫」のエピソードも、生死の回転がガッツリ絡んだ話になっている)。人と、そのすぐ隣にいる小さなカミサマ達の世界。

「今まで生きよう生きようとしてきましたからね そういうのは癖になっちゃうんです」「そんなに生きようとしていたんですかね」「そうです たとえ意識することが出来なくとも、それが生命の持つ絶対の意思なのです」~略~「でも何もかも消えてなくなるわけじゃない 持っていかれるものもあります」

秋山亜由子.こんちゅう稼業.「四十九日」.p136より.:朝顔のツタの上でやり取りされる幽霊の会話

上に引用した言葉は、死んで幽霊になった人間達の会話。虫という、人よりも早いサイクルで命を回す生き物を見つめている著者。何か、人も含めた生き物全体の生死を巡る営みにまつわる視線を持っているよう。

だからといって、決してなにか宗教色が強かったり、お説教があるわけではない。ありありと、命の営みを描いている。ひたすら静かで丁寧。

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こうした丁寧な作品って、いつ読んでもすごく穏やかな気分になれる。最初に読んだのはもう何年も前のことだけれども、繰り返し読んでも飽きもしない。むしろ、その著者の視線や思いがジワジワ染み込んでくるようで、歳を追うごとに面白く感じるようになっている気がする。手放せない漫画。

 

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新たに読んだ漫画買った漫画【2015年11月】

漫画 まとめ

よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者


【完結】

 

【単巻】

 

【続刊アリ】

 

【雑誌、他】

  • FEEL YOUNG 2015年 12月号 
  • ヒバナ 2015年12/10号 
  • 楽園 Le Paradis 第18号
  • EKiss 2015年12月号

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

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死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について②

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくな 2 (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

阿部共実「7759」について。前半(主に8304について)はこちら↓

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について①

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②7759について

死と美しさに惹かれる男女、そしてちょっとミステリー

こちらは「死」という要素に、そこに至るまでの幸せや美しい景色が重ねられて、8304とは別の儚さと暗さがある。本当に作品ごとのカラーの豊かさに感動する。

橘くんの20歳の誕生日。千夏先輩は、彼をバイトに送り出したのち、バタリと倒れて死んでしまう。帰宅し、それを見つけた橘くん。彼女を腕に抱きながら、今まで言えなかった思いを告げ、そして彼も倒れ死んでしまう…。主人公の橘くんと千夏の二人が死んだことは明らかなんだけど、その死因については不明瞭で、いくつもの解釈ができる。例えば以下。

・橘くんがゼリーに毒を盛って千夏を殺す。そして自身も後追い自殺

・千夏が薬で服毒自殺、誕生日ケーキにも毒を盛って橘くんを巻き込んで心中。

・お互いに、橘くんはゼリーで千夏を、千夏はケーキで橘くんを殺害。

・ヒーター等による中毒死…千夏は事故死、橘くんは後追い。…etc

で、私はこれは「ヒーター等による中毒死」だと思う。

千夏の愛でる美しさ

橘くんの独白が多いので、橘くん視点のお話っぽいのだけれど、この作品の中で彩り豊かな「美しいもの」を語っている主人公格は千夏だ。

彼女が倒れてから度々挟み込まれる「私は考える」という言葉。一人称から、これは千夏のセリフであることが分かる(フォントも変えられている)。で、この千夏が「考える」内容は、徐々に現在から過去の出来事に遡っていって、最後は彼女の赤ん坊時代にまで至る。

千夏は、自身で語るように、美しいものと出会うことを生きる喜びとし、自分の好きなことだけをしたいと思っていた。そんな彼女は、橘くんの買ってきてくれたゼリーを「眠る色をしたききょう色したグレープゼリー」と美しく形容し、それを口にしながら言う。「今がいちばん楽しいよ」。地味な今の生活が…橘くんとの二人くらしが一番だというのだ。

千夏を成す断片は、この橘くんとの暮らした部屋に満ち満ちていた。「私は考える」というセリフの吹き出しは、千夏自身からではなく、この小さな部屋の天上や、照明や、テレビや、床や、窓から出ている。幼少時代、彼女が美しいと思った「雨の音 小学生の吹くハーモニカ…」等のキラキラしたものと同等に、橘くんとの地味な生活の一つ一つを愛で、彼女の生きる糧としているよう。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第20話「7759」p122より.:そこかしこに散らばる「私は考える」と、そこから始まる橘君との思い出。千夏を作る大切な要素たち。

橘くんの夢

そして、この千夏の描写と重ねて描かれる橘くんの独白。彼は、死んでしまった千夏を抱え見つめながら言う。「僕は人形のような人が好きだったんですよ 今目の前にあるものが僕の夢です」…ちょっとヤバい感じ。

彼は、自身の夢について他にもこう語っている。「自分の部屋でネットで夢を見てました 先輩の同棲相手はしがないただの異常者です」「みんな好きなことを夢見ることが許されるのに 僕は一生夢見ることも口にすることも許されない」「みんなと肩を並べて夢を話せば 悪魔の化身のように嫌われる」

夢=人形のような人=死体ということで、彼はおそらく死体、もしくは死体のような人形が好きだったのだと思う。生きている人間に興味が持てず、人に言えないような嗜好がある自分を、人間ではない欠陥品だと思っている。

しかし、そんな彼の目の前に先輩が現れた。彼女は言う「美しいものは好き 黙っているのに美しいもの ~略~ 人間には美しいと感じられる心がある」…先輩は、この発言により意図せずも橘くんの「(死体or人形を)美しい」と思う心を肯定し、それを持つ彼を人間として肯定した。そして、何かを美しいと思うことで価値観を共にする二人は親密になった。

橘くんの独白は続き、彼はついに自身の夢についてこう言う。「先輩の楽しげな声が好きだった 先輩の悲しそうな顔が好きだった~略~ 僕の見るすべての景色が変わった もう夢なんかどうでもいい」彼は、生きている先輩のことが大好きだった。唯一美しいと思えた死体や人形なんてものがどうでもよくなるくらいに。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第20話「7759」p135より.:千夏の「美しいもの」の回想と重ねて語られる、橘君の好きな先輩についての言葉。もう、美しくて切なくてたまらない。ちなみにケーキに紫の人形を用意するあたり、橘くんは隠してたけれども、千夏は何となく橘君の嗜好の対象が「死体・人形」であることも、どこかの時点でうっすら察してる可能性があるようにも思える。千夏的には紫=眠りだし、血色の悪い人間っぽさもある。対はオレンジ。生と死が同居した表紙の瞳。

死因

千夏は、少なくとも橘くんが驚くのを楽しみに、ケーキや二人で飲むためのワイン&2つのグラスを用意していた。橘くんだって、楽しげな声をあげたり、悲しそうな顔をしたり、すねた背中を見せる「生きた先輩」が好きで、彼女のためになりたいと言っている。多分、二人とも多少厭世的でありこそすれ、自ら死ぬ気も相手を殺す気もなかったと私は解釈する。

もし、何らかの毒が死因であるとした説をとると、二人が口にしたものとして、千夏は薬or橘くんのゼリーが、橘くんは千夏の作ったケーキが原因として考えられる。しかし、これだと少なくとも千夏は橘くんを殺そうとしていたことになるのだが、語りや行動をみても、千夏が橘くんを殺す選択をする理由があるようにはあまり思えない。

それよりは「換気扇も給湯器も窓の建てつけさえも全て調子が悪い」「ネットオークションでガスヒーターはボロをつかまされるし」「寒い 冷たい 頭痛い」…といったように、部屋のヒーターや給湯器等のガス周りの調子が悪く、窓や換気扇による空気の入れ替えもままならないことがあらかじめ丁寧に説明されていたことから、これらによる事故死と考える方が自然な気がする。

 千夏は死ぬつもりはなかった、橘くんは千夏が死んで図らずも「夢」がかなってしまったけど

もし千夏が事故死だとすると、死んだ先輩を前にしてもなお、いつも通り冷静な橘くんの様子が普通の反応ではないように見える。

しかし、死体が目の前にある状況は彼にとっては恐れるべき状況ではないのだ。彼は、死体に対して普通の反応はしない。むしろ好ましく思ってしまう気持ちがある。だから彼は言う「今目の前にあるものが僕の夢です」。彼の心は、これまでどうしようもなく憧れていた人形のような死体の出現に少なからず喜んでいる。

一方で、彼は、生きている先輩が好きになってしまっていた。「何か先輩のためになりたかった その先輩がいないと意味がない」の言葉の通り、千夏が死んでしまったことは受け入れられない。それこそ生きる意味を失うほど。

そして最後は、この状況に対して「めいっぱいはちきれそうなくらい幸せを感じているというのに」というセリフを残して死ぬ。夢が叶った喜びと、自分がやはり異常であることに対する自己嫌悪を抱えながら。そして何より大事だった生きる意味を失ったがために、周りに迷惑をかけることを悔みつつも、先輩とともに美しい死体になることを選んだんじゃないかな。親への謝罪からのくだりは、そういう気持ちの表れだと思う。

「本当にいいんでしょうか こんな僕に大きな幸運が落っこちてきて」というセリフは、図らずも先輩と出会えた喜びと、図らずも先輩の死体を抱けた喜び、そして、図らずも愛しい先輩と共に自身も美しいものになれるチャンスを得たことの喜びを指しているように思うのだ。

人生の意味

橘くんは20歳で、先輩はその1歳上であることが明らかにされている。そして彼女は、作品の中でその人生を走馬燈のように振り返っている。7759とは、彼女の生きた日数、振り返った過去の日々を表した数字じゃないかな。

人生のなかで彼女が美しいと愛でたもの=生きる理由達の振り返り。そして、それら美しいものの多くを彼女に与えた橘くん。「美しいもの」という軸で繋がった二人は、どこか浮世離れして、不思議で、少し狂気じみていていた。そして、二人の繋がりは、死んでも尚途切れないほど強くて美しかった。

(ちなみに、7759日は歳にすると21歳と3ヶ月くらい。作中の「秋の終わり」と「金木犀」という言葉を頼りに、橘くんの誕生日を10月中旬くらいとすると、先輩の誕生日はおおよそその3ヶ月前で7月中旬。「千夏」の名のとおり夏生まれとなるかな。)

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蛇足:

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」扉、第20話「7759」より.:

 8304と、7759、タイトルの書き方もちょっと変えてきているんですよね。「手に取ったペンが違った」くらいかなとも思ったのですが、筆跡も少し変えてきているような感じも…。8304はけんちゃん、7759は先輩の字なんじゃないかなぁと勘ぐる。

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8304と7759の双方とも、その主人公たちの言葉選びも相まって、今までの作品になかったようなキラキラした美しさがある。そして、それがうまくいかない苦しさや、狂気や、青春の儚さのようなものを、強力に浮かび上がらせている。色々と解釈もしたけれど、そんな深読みなんて野暮に感じられるくらい、一読しただけで強烈な印象を残す作品たち。特に、8304のラストは本当に綺麗。2015年ベスト短編かも。次回作も楽しみ。

 

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他作品の記事リストはこちら

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について①

漫画

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくな 2 (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

特に2巻の「8304」と「7759」と冠された短編について、感想と内容・タイトルの意味について解釈を。ざっくり「8304」についてと「7759」についてで記事分けます。7759はこちら。

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阿部共実の最新作。私は「空が灰色だから」「ちーちゃんはちょっと足りない」が大好き。この人の描く青春時代の青い失敗、気まずさ、不気味さ、不遇、狂気、絶望は極上。ただ、この「死にたくなる~」の1巻は、そういったダウナーな要素は小さめだった。Amazonレビューにも少し書いたのだけれど、「死にたくなる」なんて最大に鬱々とした言葉が冠されている割には、「空が~~」等の既存作品にくらべてそのインパクトが小さくなった。それはそれでもとても面白かったのだけれど、やっぱり心えぐる内容を私は期待してしまう。

で、最新の2巻。すごい。心を金属バットでフルスイングされたような短編が二つ。単に鬱々として苦しいだけでなく、色鮮やかさと輝きが加わって、綺麗。正直、もう既存作品を超える衝撃は無いのかなぁと思っていたのですが、また新たな方向からガツンとやられた感じ。「空が~」の後の「ちーちゃん~」ときて、この「8304」と「7759」。この作者はどこまで行くのだろう。

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 「8304」と「7759」のタイトルについて

作品を読んでその内容に打ちのめされるのと同時に、このタイトルの意味と、何でこの2作品が連作のようにされているのか気になってしまう。あまり意味を無理くり解釈するのもナンセンス…と思いつつも色々考える。

理由は後述するが、私は「8304」「7759」の数字は、それぞれの語り手が、その過去を振り返った時点までの「生きた日数」を表しているのではないかと思う。具体的に言うと、「8304」なら8304÷365日で22歳とちょっとのけんちゃんが、「7759」なら7759÷365日で21歳とちょっとの千夏が、それまで生きてきた中での鮮やかな心象風景や、彼らを成す要素たちを振り返っているのではないかな。

(もし答えが明らかになってたら誰か教えてください…はずかしいので…)

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①8304について

持つものと持たざる者…それでもきらめく景色

けんちゃんと松田、二人の中1男子の物語。環境に恵まれない主人公と、恵まれている友人という構図で、「ちーちゃんはちょっとたりない」とちょっと似ている。ただ、「ちーちゃん」では、恵まれない者は徹底的に恵まれない者として描かれていて、そのどうしようもない息苦しさが魅力であったのだが、本作は少しそれとは趣向が異なる。

持たざる者側のけんちゃんには、品性や繊細で豊かな感性が備わっている。持つ者側の松田にも、恵まれていながらうまく振る舞えない苦しさがある。そして、隔たりがありつつも二人がある瞬間は確かに心通わしていたことが描かれている。これらが、作品を切なくて泣きそうなほど綺麗に見せているのだ。

けんちゃんの心象と言葉、ブロックと雨粒

「この灰色の町が青白く染まる」「墨を混ぜたような雨が強くふる」…作中では、その景色やアイテムについて、このような詩的な描写がなされている。これらはみんなけんちゃんの言葉。けんちゃんは、繊細な感性と、豊かな表現力を持ち合わせている。二人のやりとりの間に挟み込まれるこの言葉たちと画面が本当に綺麗。

そして後でわかるのだが、これらの言葉は、正確にはこの「中1のけんちゃん」だけのものではない。未来のけんちゃんが、過去を振り返って、当時に感じた一つ一つの風景を、心の中で再び呼び起こしているのだ。現在過去入り混じる「心象」と、現実の風景とが入り混じった作りになっている。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p73より.:けんちゃんの詳細な風景描写の言葉。「ぼくらは」ではなく「ふたりは」灰色の~~と俯瞰した語り。

そして、現実世界のモノではない、何か四角いブロックの世界の描写。これが流石阿部共実といった感じで、不気味さやドラマの劇的さを煽ってくる。人物がしゃべる言葉の吹き出しは、普通、人物に添えられている。が、物語が進みけんちゃんの想いの言葉があふれるにつれ、あたかもこのブロックや、まわりの風景や雨粒達がしゃべっているかのような演出がされる。うまく説明はできないのだけれど、このブロックや、風景、雨粒の一つ一つが、けんちゃんの心象や気持ち一つ一つのよすがのようなのだ。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p83より.:電線が、雨粒が、四角い箱が、けんちゃんの心象や気持ちを述べる。独特の世界。

そしてこれらの心象は、すべて松田への想いに繋がる。何も持たない、親にも恵まれず、他に友達もいない中一のけんちゃんにとっては、松田が唯一無二の存在であった。綺麗な思いも、強い劣等感も、全て松田と自分だけの世界を映しだす。未熟な少年らしい狭い世界と切実な青い想いだと思う。

激しい気持ちをぶつけたけんちゃん。松田は、彼を拒絶しない…松田は松田で抱いていた自らの劣等感を吐露する。しかし、彼は、けんちゃんが大好きな本を好きになることができない。そして、二人は手を放す。

「本を返す約束をしよう」「夏にも冬にも遊びに行こう」という呼びかけに返事はなく、全ての答えは雨は上がりの光に押し流されてしまったように、滴を散らしながら二人は笑顔でかけていく。積もった気持ちがキラキラと昇華したよう。明確な救済はない。けれど、本当に美しい。 

最後の言葉は悲しい

ラストの「この本を読むたびにこれだ」「今となればどうでもいいささいな思い出だ」というセリフで、これらの景色を過去として振り返っている存在がいることがわかる。松田かけんちゃんかの二択だけど、まぁけんちゃんと考えるのが自然だろう。情景を宝石のように描写できるのは、松田ではなくけんちゃんのほうなのだ。

そして、この語りの主がけんちゃんだとすると、けんちゃんは未だ松田の本を持っていることになる。二人はこの日を最後に会うことはなかったのかもしれない。

けんちゃんはこれらの思い出を「つまらない」「些細」と言い捨ててしまっている。劣等感を抱いていた過去を気にしなくなるほど強くなったのかもしれない。恵まれない環境を受け入れ、慣れきってスレてしまったのかもしれない。何にせよ、この思い出を切り捨てるセリフを吐いてしまうのは、現実的かもしれないけれど、悲しい。

しかし一方で、彼は本を読むたびにこの時のことを思い出すという。些細といいつつ、忘れることができない。鮮烈に思い出す。苦いのに綺麗な、青春の物語。

蛇足:●5/06/18 13:45

はたしてこの「過去」が何年前のことなのか、いつからの振り返りなのかは判然としない。まぁ、それはあまり重要な部分ではないが…気になったのでちょっと。蛇足。

手掛かりとなるのが松田の携帯。彼の受信したメールの日付は「●5/06/18 13:45」とある。●は、水滴がかかって読み取れない。で、彼の使っているケータイってガラゲーなんですよね。2015年現在の私立中学生に、裕福でハイソな家庭の親が今どきガラゲーを買い与えるかなぁ。松田の友達もわざわざ「メール」をしてきているし。この作者、現代の学生には普通にスマホ持たせてるし、LINEやSMSも使わせているんですよね。けんちゃんも、ケータイを「ご大層な」と形容している。なのでこれは、2015や2025ではなく、2005の話なんでないか。

そしてタイトルの8304。…後述の「7759」がヒロインの21歳の人生を意味すると思ったので、こちらも年齢に直してみたところ22歳。もし、この当時が05年だとすると、彼らはこの時点で中1ということで彼らは満12歳ちょい。そして2015年を現在とすると、彼らは22歳ちょいになっていて8304日という日数と齟齬は無い。22歳の現在のけんちゃんが、10年前を振り返っているんじゃないかな。

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阿部共実.死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々.2巻.第18話「8304」p78より.:携帯の画面。懐かしのガラケー。一村高くんからのメール。内容は「エロ本貸して」笑

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長いのでいったん分けます。次は7759について。こちら↓

死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々/阿部共実(1~2巻【以下続刊】) 特に2巻「8304」と「7759」について②

 

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新たに読んだ漫画買った漫画【2015年10月】

漫画 まとめ

よかった順にざっくり並べて。作品名/読んだ巻数/(レーベル)/作者


【完結】

 

【単巻】

 

【続刊アリ】

 

【雑誌、他】

 

【続刊アリ…でもひとまずココまで】

  • その「おこだわり」、俺にもくれよ!!/1/ (モーニングコミックス)/清野とおる
  • 電撃デイジー/1~10/最富キョウスケ
  • 天そぞろ/1/(ビッグコミックス)/あかほり悟, 北崎拓
  • ハード・コア/上/(ビームコミックス)/狩撫 麻礼, いましろ たかし
  • ハナヨメ未満/1~2/(プチキス) (Kissコミックス)/ウラモトユウコ

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花とアリス殺人事件(単巻【完結】)/道満晴明(原作:岩井俊二) 作者と出版社にも良心があった!!ナイスバランスなコミカライズ

漫画 アニメ ★★★★

花とアリス殺人事件 (ビッグコミックス)

道満晴明は天才だと思う。発想の天才。下ネタ部門トップレベル。漫画を読んでいると、台詞回しや演出に「天才!」と拍手したくなるシーンに出逢うことがあるのだけれど、道満作品ではそれが連発されている。もう、この方は普段どんなことを考えて生きているのだろうと感心するくらい、下品で軽薄で機知に富んだ言葉選びと力の抜けたテンション。絵はしゅっとしていてスタイリッシュ。オッパイ揺らす萌えキャラはいない。いや、いなくはないんだけど、萌えっぽくない。スタイリッシュ下品。

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道満晴明.ぱら★いぞ.1巻第9話より:もう何も言うまい…これでも全然上品。もっと下品でテンポ良くて脱ぎまくりヌキまくりなネタだらけ。

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んで、今回読んだのは「花とアリス殺人事件」。岩井俊二の実写映画作品「花とアリス」の前綺譚であるアニメ映画「花とアリス殺人事件」のコミカライズ。

花とアリス、実写もアニメも好き。透明感があって、常に薄い光に包まれているような雰囲気。女子高生の恋と友情。初冬の空気、夜明けの街。心の機微とその風景がとても綺麗。ストリングスの凛として伸びやかな音楽がすごく合ってる。主演は実写もアニメ版も鈴木杏蒼井優

こんな清らかで透き通った世界が、コミカライズされたというのでさっそく飛びつく。おおっ、だれが描くのかなと思ったら、まさかの道満晴明。えっマジかよ。大丈夫?ねぇ、本当にいいの。

アニメ「花とアリス殺人事件」

親の離婚で石ノ森学園中学に転校してきた有栖川徹子。彼女が所属することになった3年2組では、一年前に殺人事件があったという…被害者は「ユダ」、そして容疑者は「4人のユダ」。有栖は、たまたま座った席がかつての「ユダ」の席だったことから、図らずもこの事件に振り回され、真相について調べる羽目に。やがて彼女は、殺人事件以来不登校になってしまった荒井花という女子生徒の存在にたどり着く。花曰く「ユダは生きている かもしれない」。そして、有栖と花はユダの生死を確かめる旅に出る…

 「殺人事件」と冠してあるものの、内容はほのぼの。青春の日常と、そこに紛れ込むちょっと非日常的な呪いや噂と秘密。トラブルメーカーの花・巻き込まれ体質の有栖にの二人によって、コロコロ話が転がっていく。全編ロトスコープで描かれていて、実写の岩井映画の雰囲気がそのままある。

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私が特にいいなぁと思ったのは、有栖が見知らぬおじいさんと長い散歩をするシークエンス。間抜けな出会いと不思議なテンポの会話。やがてじんわりと表れるおじいさんと有栖の優しさ。いつもの日常とはちょっと違う状況での穏やかなふれあい。素敵。

オカルト要素と不思議なキャラ達と軽妙なギャグ

 で、漫画版。いやもう「おじいさんと女子中学生がお散歩」なんて、下ネタをブチ込む余地ありまくりだなぁとか思っていたのですが…。下ネタはほぼほぼ無かった。そして読後感がそれこそ岩井映画のそれと同じくらい爽やかだった。

アニメをそのままコミカライズしたのではなく、描き手の解釈の元ストーリーが改変されている。最も大きな違いは、アリスと花が「ユダ」を探す旅には出ないこと(なのでおじいさんとの散歩のシーン等もない)。映画ではさらっと触れるだけだった、殺人事件容疑者の「四人のユダ」の謎に迫ることで、事件の真実にたどり着く構成になっている。

こうした学園の呪いや謎解きオカルトな要素って、すごく作者の作風に合っていると思う。かなり非日常的なことが起きているのにさらっと流しちゃったり、トリッキーなキャラがたくさん登場したり。あれよあれよと場面が変わる感じもアニメ版に近いと思った。うまいこと著者の得意とする要素を強調して再構成されてる感じ。

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漫画:道満晴明.原作:岩井俊二.花とアリス殺人事件.第6話より:「4人のユダ」に会いに、奇術部へ来る話。下半身だけ歩いてるって…部活のレベルじゃないぞ。しかも漏らしてるし。こういうの、すっごい道満っぽい。

青春な友情モノもイケるのか

読んでいる最中はアニメとは別物になったなぁという印象だったけど、ラストは存外に爽やかで「花とアリス」らしい雰囲気があった。花の青い悩みと、それを救うアリスとの友情といった、ストーリーの肝となる部分がしっかりそのまま残っていた。というか、アリスが花に手を差し伸べる様子がけっこうストレートに描かれていて少し驚いた。今まで、この作者の作品であまり見なかった感じ。素直な友情展開、素敵じゃないか。

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漫画:道満晴明.原作:岩井俊二.花とアリス殺人事件.第5話より:花の懐に飛び込むアリス。特に花の表情とかが鈴木杏そっくり。アリスがよんでいる漫画のレーベルが「花とアレ」だったり、色々と小ネタもたくさん。

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もう、本当下ネタだらけだったらどうしよう…とか思って手に取った漫画だったけど、思いのほか青春しててよかった~。ほのぼのとした中に、作者独特のギャグや非日常感がちょいちょい顔をだしててイイ感じ。花とアリスも、道満晴明も好きな私にとっては大変満足なコミカライズでした。

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